【スポーツ医学から見た東京五輪】より速く、高く、強く…選手強化へシフト AI駆使、遺伝子の領域にまで発展 - イザ!

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スポーツ医学から見た東京五輪

より速く、高く、強く…選手強化へシフト AI駆使、遺伝子の領域にまで発展

日本はソウル五輪の反省から科学的な選手強化に力を入れ始めた
日本はソウル五輪の反省から科学的な選手強化に力を入れ始めた

 今から30年あまり前、私が大学でスポーツ医学の講義を始めたころ、この分野はまだマイナーでした。医者にとって選手を診ることは、一般の患者さんを診ることとあまり変わりがなかったのです。医学部に、将来スポーツ専門医を目指すという学生は数えるほどしかいませんでした。

 しかし、世界中でスポーツ熱が高まるにつれ、この分野の医療と研究が進んだのです。五輪で医療チームが選手団に帯同するようになったのは、1972年のミュンヘン大会からと言われます。最初は、選手の健康面、医療面からのサポートでしたが、メダル獲得競争が激化するにつれて様相が変わりました。

 スポーツ医学が、アスリートの運動能力の強化のために使われることになったのです。より速く、より高く、より強く、そのためにどうすべきか、医者と科学者が知恵を絞るようになりました。

 もともとスポーツ医学は、スポーツによる外傷、故障を治療することが中心でした。その後、予防医学の見地から多くの研究がなされ、生理学者、理学療養士、リバビリ医、運動トレーナーなど、各分野の専門家を巻き込んで、チームとして、選手と選手団をサポートするようになりました。いまはデジタル時代ですから、データサイエンティストなども参加し、AIも導入されています。

 五輪が「平和の祭典」などというのは綺麗事で冷戦時代は、「国威発揚の祭典」でした。ソ連や東独など東側諸国は、西側諸国に対抗するために国をあげて選手を強化し、メダル獲得を目指しました。

 その結果、76年のモントリオール大会で、アメリカはメダル獲得数で、ソ連、東ドイツに抜かれて世界3位となり、大きな衝撃を受けました。この後、西側諸国も国立のトレーニングセンターやスポーツ医学研究センターなどを設置し、トップアスリートの育成・支援に取り組むようになったのです。

 たとえば、モントリオール大会で金ゼロに終わったオーストラリアは、81年に国立トレーニングセンター(AIS)を設置し、2000年の自国開催、シドニー大会では金16個を獲得しました。

 日本の場合、1988年のソウル大会で、金4銀3銅7計14と最悪の成績で終わったのを受けて、オリンピック強化指定選手制度、スポーツ振興基金が発足、遅ればせながら2001年に国立スポーツ科学センター(JISS)が誕生しました。そして、スポーツ庁が15年に設置されたのです。

 現在、五輪は大きく様相を変えています。1984年から始まった商業主義化により、プロとアマの領域がなくなり、スポンサー制度が導入されました。五輪の商業化は税金を使わず、赤字を出さないためでしたが、いまでは、「五輪貴族のための祭典ではないか」と、IOCの「金儲け主義」に批判が集まっています。

 スポーツ医学も商業主義から大きな影響を受けています。企業からの援助、献金などで、次々と新しいウエア、シューズ、補助用具が開発されました。マラソンをスピードレースに変えた「超厚底シューズ」、水の抵抗を極限までなくした「超薄スイムスーツ」などは、スポーツ医学の発展の賜物です。

 そしていまや、医学は遺伝子治療、ゲノム編集の領域に入っています。選手の強化策もほとんど肉体改造の手前まできています。遺伝子を細工した細胞やDNAを体内に入れる「遺伝子ドーピング」までささやかれています。世界反ドーピング機関(WADA)はこれを禁じていますが、発見は難しく、東京五輪での大きな懸念です。

 ■富家孝(ふけ・たかし) 医師、ジャーナリスト。1972年東京慈恵会医科大学卒業。病院経営、日本女子体育大学助教授、新日本プロレスリングドクターなど経験。「不要なクスリ 無用な手術」(講談社)ほか著書計67冊。

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