【桂春蝶の蝶々発止。】師匠、芸能界大御所、高校時代の恩師…生きる支えになる「叱咤激励の言葉」 - イザ!

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桂春蝶の蝶々発止。

師匠、芸能界大御所、高校時代の恩師…生きる支えになる「叱咤激励の言葉」

三代目桂春団治師匠
三代目桂春団治師匠

 故人から頂いた言葉が、自分の中で生き続けることがあります。例えば、私の師匠、三代目桂春団治は「時代の中で大きな変化があると、その人の芸も良い形に変わるんや。せやけど、準備ができてない人には、その機会はこない」と言ってくれました。

 この言葉は、このコロナ禍の「生き方」の支えになっています。準備をしていれば必ず好機は訪れ、時代の変化に対応しながら、いい落語ができる。先が見えないコロナ禍で、そう信じることができたのは大きいです。

 お世話になった方に、歌手の島倉千代子さんがいます。島倉さんとは某番組の旅ロケでご一緒したのですが、何と初対面のその日、訪れた洋服屋で20万円相当のジャケットやジーンズをプレゼントしてくれたのです。

 後で、その理由を「あなたは出会ったときのあいさつと笑顔が良かった。その礼儀がうれしかったの。その姿勢は、あなたを救ってくれるわよ」と教えてくれました。この言葉を思い出すたび、気持ちが締まります。どんな時も、笑顔で大きくあいさつしようと。

 上方漫才界の大御所、夢路いとし・喜味こいし師匠を覚えておられますか?

 こいし師匠からは「あのな、春蝶くん。ようやり慣れたネタほどな、今日初めて下ろす気持ちで演らなあかんで」と言ってくれました。これは金言中の金言です。

 プロにしか分かりにくいことかもしれませんが、慣れてしまったものほど熱量が下がって、言葉が流れてしまいやすいものなのです。慣れてきたときほど実は怖い…。そこで、もう一度手綱を引き締めなさいと。

 日々、緊張感を持って舞台に上がることを繰り返しているのは、こいし師匠の言葉があったからこそだと思えますね。

 さて、実は先日、高校で担任だった恩師を亡くしました。大阪の北陽高校(現・関西大学北陽高校)の元ハンドボール部顧問、鈴木和宏先生です。この人の言動は破茶滅茶でしたが、面白く、信頼ができました。

 先生と最後にお会いしたとき、「いいか大助(=私の本名)。芸術ってのはな…『やりやがったな、この野郎』ということなんだよ!」「人から『ああ! やられた! 先にやられた!』と、嫉妬されるくらいの芸人になってくれ!」と熱く語ってくれました。

 これは今や、私の座右の銘です。

 同業者から嫉妬されることは、スタートラインに立てたことと同じ意味だと考えるようになったんです。たった一言で人間は変われるんです、勇気が持てるんです。

 言葉は私の中で生き続けます。これらの言葉を信じ、生きる力、支えにしたいものですね。

 ■桂春蝶(かつら・しゅんちょう) 1975年、大阪府生まれ。父、二代目桂春蝶の死をきっかけに、落語家になることを決意。94年、三代目桂春団治に入門。2009年「三代目桂春蝶」襲名。明るく華のある芸風で人気。人情噺(ばなし)の古典から、新作までこなす。14年、大阪市の「咲くやこの花賞」受賞。

zakzak


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