【トップ直撃】フィギュア、プラモデル…オリジナル商品に“生命”注ぐ職人魂 壽屋・清水一行社長 - イザ!

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フィギュア、プラモデル…オリジナル商品に“生命”注ぐ職人魂 壽屋・清水一行社長

 今や日本を代表する文化となったプラモデルやフィギュアなどホビー商品。スター・ウォーズやマーベルなど世界的なキャラクターのライセンス商品に加えてオリジナルのコンテンツも展開、「コトブキヤ」の名前は海外でも知られている。東京都立川市の人形・玩具店として会社を設立してから来年で70年になるが、クラフトマンシップ(職人魂)が貫かれているという。 (中田達也)

 --扱っている商品は

 「プラモデルとフィギュア、雑貨が中心です」

 --人気映画などのライセンス製品も展開しています

 「スター・ウォーズやマーベル、ファイナルファンタジーなどのフィギュアを出せたということでお客さんに広く認知してもらえるようになりました。海外でもよく知られているアイテムを展開することでブランド価値も上がっていくと考えています」

 --オリジナル商品にも力を入れています

 「現在9つのコンテンツを持っています。ゆくゆくは収益の半分以上をオリジナルでまかなっていきたいですね」

 --特に人気が高いオリジナル作品は

 「『フレームアームズ・ガール』という作品はプラモデルやフィギュア、アニメなどで展開しています。近未来の小型ロボットに感情を覚えさせ、戦わせてスキルを磨くといったコンセプトです」

 --作品の世界観が重要だと

 「感情が入り込めるようなバックグラウンドがないと、単純にかわいい、かっこいいフィギュアというだけでは売れません。版権もののキャラクターではアニメや映画の作品を通じてバックグラウンドが知られていますが、オリジナルはそういうものがないところから作り上げるのが難しいところです」

 --技術力も重要に

 「2次元の絵を立体にするのは技術やセンスがいると思います。似ている似ていない、イメージ通りかどうかについてはお客さんもシビアです」

 --客層は

 「作品によって異なりますが、プラモデルは20代から30代前半、フィギュアは20代から40代が多いですね。スター・ウォーズなどの場合は50代以上の人にも購入していただいています」

 --創業からずっと立川市ですね

 「もともとは立川市のデパート内の販売店、いわゆるおもちゃ店でした。模型の売り場を広げていって模型専門店になりました」

 --順調でしたか

 「最初は街の模型店が作った商品なんか、問屋さんも相手にしてくれませんでした。自分で車に商品を積んでホビーショップに営業に行きました」

 --オリジナル商品を作るきっかけは

 「大阪の海洋堂さん、ゼネラルプロダクツさんが、バキュームフォーム(真空成型)の製品を作っていて、うちでもやってみると非常に売れました。立川周辺は美術系の大学が多いことや、基地も近いので外国人客が多いのも良かったですね」

 --海外展開は

 「海外にも早くから進出していて、米国のほうが日本より有名かもしれません。中国がいち早くコロナ禍から正常化したことで売り上げが爆発的に伸び、米国がそれに続いています」

 --売れ筋に違いは

 「中国やアジア圏は日本に近いですね。情報も日本と同じか、むしろ早いぐらいです。米国のほうは映画系が強いですが、『鬼滅の刃』はよく売れていますね」

 --今後の目標は

 「オリジナルのIP(キャラクターなどの知的財産権)の認知度を上げることと、いまプラモデルとフィギュアが2つの柱なので、それを広げて海外で認知度を高め、どこへ行っても自社のオリジナル商品が売られているような環境が作れればというイメージです」

 --柔軟な事業展開を心がけているそうですね

 「事業内容を聞かれると“コトブキヤ”と答えるようにしています。ホビーショップというのは何でもできるので、ブランド品の服や靴も、キャラクターとコラボすればホビーの世界に入ります。われわれの商品によって人々の生活や心が豊かになることが、平和の象徴だと思います」

 【会社メモ】プロモデルやフィギュア、雑貨などホビー商品の製造・販売を手掛ける。本社・東京。1947年創業、53年有限会社設立。81年屋号を「コトブキヤ」に変更する。95年アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイと初号機の立体フィギュアを発売、フィギュアブームの火付け役になる。その後も「スター・ウォーズ」や米コミック大手マーベル社のフィギュアなどを手掛ける。96年株式会社化、2017年ジャスダックに株式上場。20年6月期の単独売上高73億円、最終利益7500万円。従業員数231人(20年9月時点)。

 【バイト】大学は2日しか行かなかった。「テレビ番組のディレクターになりたくて、専門学校に行きたいと思ったんですが、親に金を出さないと言われ、バイトに明け暮れていました。精肉店の卸、デパートのお歳暮の包装、焼きそば店などで20以上のアルバイトをしましたが、いちばんつらかったのが自動車工場の夜勤でしたね」

 米国でも1年過ごしたが、経験は大きかったという。「その後、米国のコンベンションでブースを出すことにも抵抗がなかったですね」

 【入社】壽屋に入ったのが25歳。「結婚したことがきっかけです。当時は12月の羽子板から3月のひな人形、5月の兜と半年は人形を売り、6月から11月はおもちゃを売っていました。次第に通年でおもちゃを売るようになり、模型専門店になっていきました」

 【米国】いち早く米国に進出した。「最初のきっかけは30年ぐらい前、うちのオリジナル商品を買いに来た人から、イベントに出てみないかと誘われたことです。現地で知り合った人から(北米最大のアニメ展示会)アニメ・エキスポを紹介されて出るようになりました」

 漫画などポップカルチャーのイベント「コミックコンベンション」にも古くから出展している。「うちが出始めたころは、日本企業はほかに紀伊國屋書店さんぐらいで出版社さんもいませんでしたね。会場もどんどん拡大していますが、参加者も増えたので大手ゲームメーカーさんでも会場に入れず、駐車場を借りて大きなテントを張って展示しています。うちは初期のころから出ていたので入り口の目の前と場所が決まっています」

 米国の魅力について「会社の従業員が何人いるとか売り上げがどれぐらいだとかは全然気にせず、何をやりたいのか、どんなものを作っているのかなど商品そのもので勝負できるところです。そういう意味ではチャンスがありますね」

 【家族】家族は妻。ペットはシベリアンハスキー4頭。「家の隣の土地を買い増ししてドッグランにしています」

 【健康法】「最近またゴルフをやり始めました。30年ぐらい前にはスクールに通っていて85ぐらいで回っていましたがいまは110ぐらい。同級生が立川に多いので一緒に回っています」

 【座右の銘】《成功するまであきらめなければ必ず成功する》

 「経営者は、せっかちで負けず嫌いというところが共通しているんじゃないでしょうか」

 ■清水一行(しみず・かずゆき) 1954年4月生まれ、67歳。東京都立川市出身。法政大学第一高校卒。アルバイトや米国滞在、専門学校を経て78年に壽屋入社。86年に2代目社長に就任する。妻は清水浩代副社長。

zakzak

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