令和元年7月の参院選広島選挙区をめぐる買収事件で、元法相で前衆院議員、河井克行被告(58)=1審で実刑判決、控訴中=側から現金を受け取ったとして、公職選挙法違反(被買収)の罪で告発された広島県の地方議員ら100人について東京地検特捜部は7月6日、全員を不起訴処分とした。受領側全員が不起訴となる異例の判断はなぜ下されたのか。舞台裏を探った。
「克行被告が主導した犯行で、実態を示すには克行被告と、妻の案里元参院議員(47)=有罪確定=を処罰するのが相当だ」
東京地検の山元裕史次席検事は7月6日午後、1時間弱にわたる記者会見を開き、大規模買収事件の〝主犯格〟はあくまでも夫妻だったと強調した。
特捜部は同日、同法違反(買収など)罪で懲役3年、追徴金130万円の判決を受けた克行被告側から5万~300万円を受け取った地元議員ら100人について、犯罪事実は認定したものの、99人は刑罰に問わない起訴猶予処分とし、残る1人は告発後に死亡していたため、不起訴とした。
選挙買収事件は贈収賄事件と同様、現金を渡した買収側と渡された受領側の双方が存在して成立し、双方が罪に問われるのが大半だ。だが、特捜部が選んだのは克行被告と案里氏という買収側の罪だけを問う道だった。
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会見ではさまざまな疑問が記者らから投げかけられた。
「金額も違い、受領回数も3回の人がいるのに一律不起訴処分にするのは有権者が納得できない処分ではないか」「なぜ選別ができなかったのか」「もっと早い時期に判断できなかったのか」
その質問のいずれもが、この1年以上、検察庁内部で吟味されたテーマでもあった。
特捜部は昨年7月の克行被告らの起訴後に100人への告発を受理して、受領者への捜査を本格化。「一部は起訴すべきだ」という意見も庁内では検討されたが、最終的には全員不起訴の方向へ収斂(しゅうれん)していった。
なぜか。不起訴処分の会見で山元次席が理由として挙げたのは、受領側がいずれも受動的だった▽克行被告ら買収側の悪質性が際立っていた▽受領額などが多岐にわたり、処分を分ける公平な基準が見いだせなかった▽受領者が受領した現金をさらに他の有権者に配っていなかった-などだ。
100人の立場は地元首長、地元議員、元議員、陣営スタッフ、後援会関係者と異なり、受領額も5万~300万円と幅がある。だが、金額は大きくても克行被告に即、返金したり慈善団体などに寄付したりした受領者がいる一方、小さくても返金していない受領者も。返金や寄付の有無、議員の場合は辞職したか否かも含めると考慮すべき事情や条件の組み合わせは膨大な数になった。
山元次席は6日の会見で、「起訴すべきものを線引きして選別することについては、合理的基準が引けるのかと考えると困難だと判断した」とした上で、克行被告が主導したという事件の構図は100人全員に共通しており、「(一部を起訴するという)選別は証拠に照らして適切ではないと判断した」と強調した。
さらなるバランス感覚を求められたのが、「幻の受領者」との均衡だ。
公判で100人受領の立証の軸となったのは、克行被告が作成し、議員らの名前や金額とみられる数字が書きこまれた「買収リスト」だった。
このリストには受領者100人以外にも名前が記載され、捜査対象となった人物がいたが、証拠が足りず、受領者として認定されるに至っていない。
検察幹部は「告発の対象となった100人だけを起訴し、対象外はおとがめなしというのは公平性の観点から適当とはいえない」と指摘した。
また、ある検察OBは「事件の解決につながる証言をした人の刑事処分を軽くすることは決して悪いことではない。むしろ、いままでの検察が怠ってきたことだ」と古巣の判断を擁護する。
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苦渋の判断はしかし、大きな反響を呼んだ。検察当局はこれまでも事件の刑事処分をめぐり「不公平だ」と指摘されることがあったが、今回は、検察内外から過去に例をみないほどの批判が噴出したのだ。
「過去に起きた事件との整合性」を問う声は検察内部からも上がり、中堅の検察幹部は「これまで、一般に検察官が下してきた判断と刑事処分からあまりに乖離(かいり)している」と批判。検察OBの弁護士も「検察が長年かけて積み上げてきた処理基準が台無しになった」とした。