大谷、日本勢初の“打撃2冠”射程 「27歳ピーク」論とキーポイントの「左膝」 - イザ!

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大谷、日本勢初の“打撃2冠”射程 「27歳ピーク」論とキーポイントの「左膝」

下半身の粘りでスタンドに運ぶ大谷(AP)
下半身の粘りでスタンドに運ぶ大谷(AP)

 米大リーグのオールスター戦で史上初の投打二刀流による先発出場を果たしたエンゼルスの大谷翔平(27)は、16日(日本時間17日)のマリナーズ戦からレギュラーシーズンを再開。メジャー単独トップの33本塁打で日本勢にとって夢の初タイトルをうかがうだけでなく、70打点もア・リーグ1位に3差と打撃2冠が照準圏内だ。ベーブ・ルースが100年以上前に打ち立てた伝説の記録に向け、投手としても19日(同20日)のアスレチックス戦に先発登板する。5年前に本人がピークについて「肉体的には26歳くらいだと思いますが、技術面が追いついてくるのが27歳から」と予言したとおり、未来予想図を実現する後半戦が始まる。

 前半戦84試合で攻撃面で重視される指標OPS(出塁率+長打率)は全体2位の1・062。大谷は正真正銘、メジャー屈指の強打者となった。投げてもチーム2位の67イニングを投げて4勝1敗、防御率3・49。弱体投手陣にあって主戦級の働きを見せる。

 失意のシーズンとなった昨季から、画に描いたようなV字回復だ。コロナ禍で60試合の短縮シーズンとなった昨季は打率・190、7本塁打。投手としては右屈曲回内筋群の損傷もあり、わずか2試合の登板で0勝1敗、防御率37・80と低迷した。オフには二刀流の継続そのものが危ぶまれたが、劇的な復活の裏で何が起きていたのか。

 キーワードとなるのが「左膝」だ。本人は「左膝の手術をして、しっかりと下半身のトレーニングが積めるようになったことが大きい」と明かす。2019年9月に左膝の分裂膝蓋骨の手術を受けたが、同オフは手術からの回復を待つために十分なトレーニングが積めずじまいだった。

 左膝が原因でバットが湿ったシーズンは日本ハム時代にもある。投手として15勝5敗、防御率2・24、勝率・750で投手3冠に輝いた15年。エースとしてチームを引っ張る一方で打率・202、5本塁打と、前年の・274、10本から大きく数字を落とした。

 大谷は不調の要因について、次のように自己分析。「自分はずっと、左足でとらえながら頭を動かさずに打ちたいと思っていたんです。でも15年に関しては右足に移行していく形にしようとして、それがマイナスに出た。左膝がほどけるのが早かった」。現在のスイングの原型ともいえる、左足に体重を残しながら球を引きつけて打つスタイルから、一時は変更を模索して失敗に終わったいうわけだ。

 翌16年には反省を生かし、投打とも規定には足りなかったが、打率・322、22本塁打、10勝4敗、防御率1・86と出色の成績でリーグ優勝と日本一に導いた。当時を知る日本ハム関係者は「15年の打撃フォーム改造の失敗があってから、大谷は左膝の使い方をより重要視するようになった。去年は下半身がトレーニングできなかったことに加えて、うまく膝が使えていなかったのだろう」と、今季の復活の要因を指摘する。

 日本でキャリアハイのシーズンとなった16年オフ、大谷は本紙などのインタビューに応じた際に自身のピークに関して、「肉体的には26歳くらいだと思いますが、技術面が追いついてくるのが27歳から30歳くらいになるんじゃないか」と語っていた。

 5年前の自身が思い描いたとおりのタイミングで、肉体と技術が融合した27歳のシーズン。思い出深い16年以来5年ぶり、メジャーでは1918年のベーブ・ルース以来103年ぶりの「2ケタ勝利、2ケタ本塁打」にも期待が懸かる。日本が生んだ野球の万能神が、新たな伝説を築き上げる後半戦を見逃すわけにはいかない。

zakzak

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