池袋暴走事故公判結審詳報

(1)被害者父が陳述「真菜は私にそっくりでした」

産経ニュース
松永拓也さんの妻、松永真菜さんと長女の莉子ちゃん(拓也さん提供)
松永拓也さんの妻、松永真菜さんと長女の莉子ちゃん(拓也さん提供)

《東京・池袋で平成31年4月、乗用車が暴走して通行人を次々とはね、松永真菜(まな)さん=当時(31)=と長女、莉子(りこ)ちゃん=同(3)=が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(90)の公判が15日、東京地裁(下津健司裁判長)で始まった。この日は検察側の論告と弁護側の最終弁論が行われ、昨年10月から続く裁判が結審を迎える予定だ》

《午後1時25分すぎ、飯塚被告がこれまで通り弁護人に車いすを押されて入廷すると、裁判長が「少し早いですが」と断りながら開廷を告げた。検察側の論告に先立ち、被害者参加制度を利用した遺族が心情の意見陳述を行うことに。最初に証言台に立ったのは、この日も沖縄県から裁判のために上京した真菜さんの父、上原義教さんだった》

裁判長「時間がかかるようでしたらお座りになりますか」

上原さん「立ったままでやります」

《上原さんは事前に用意した陳述書の紙を手に持ち、震える声で読み上げを始めた》

上原さん「私は真菜の父です。真菜は5人きょうだいの三女で、7人家族でした。莉子は3人目の孫です。次女と妻を病気で亡くしてから、家族はお互いに支えあって生きてきました。大事な2人を事故で失うとは思ってもいませんでした」

《上原さんはまず、自らの半生を語り始めた。少年時代には家族の愛情を知らずに育ったこと、18歳で妻となる女性に出合ったこと、「絶対に温かい家庭にしよう」と妻と約束したこと-。その後、5人の子宝に恵まれ、「裕福ではないが、笑顔の絶えない家庭だった」と振り返った》

上原さん「真菜は性格まで私にそっくりでした。幼児期は恥ずかしがり屋で、私が仕事に行くと、私の後を追っかけてきました。5人きょうだいの真ん中で、10代のころから家のことを手伝ってくれました。中学ではハンドボールや陸上の代表になり、母親に似て頭のいい子でした」

《真菜さんの高校の先生から「数学の先生になれる学校に行かせてあげて」と言われたというエピソードを語った上原さん。ただ、真菜さんは家庭の経済状況を考え、自ら歯科衛生士になることを選んだという》

上原さん「真菜には頑固な一面もありました。きょうだいが連帯責任で怒られると、納得せずに『私は悪くない』と、はっきり言う子でした。芯の強さがありました」

《真菜さんが21歳のとき、4歳年上の次女が白血病で亡くなってしまったという。上原さんは、真菜さんの結婚について「そばにいてほしかったので最初は反対だった」としつつ、夫となる拓也さん(34)の人柄に接し、考えを変えたと明かした》

上原さん「真菜は『沖縄に帰りたい。東京で子育てしたくない』と言っていました。出産のときには里帰りしたので、莉子は生まれたときに会っています。莉子が生まれてから間もなく、妻がくも膜下出血で亡くなり、妻に頼りっぱなしだった私は、ただただつらい思いでした。真菜は私にスマートフォンを買ってくれ、莉子と毎日のようにテレビ電話をして、莉子の成長を見ることができました。莉子は私のことを『じいじ』と呼んでいました」

《事故前、真菜さんは家族とともに沖縄に戻り、パティシエになっていた四女と一緒にカフェをやろうと考えていたという。事故の数日前には、上原さんに「5月に沖縄に行く」と話していた》

上原さん「莉子はセパレート式の水着を(テレビ電話の)画面越しに見せてくれました。莉子は「かき氷が食べたい」と言ったので、かき氷機を探し出して見せると、とても喜んでいました。これが直接話した最後になりました」

《家族の大事な思い出を語り続けてきた上原さん。その話はついに事故当日の場面にさしかかった》

=(2)「私たちが裁かれているよう」に続く

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