「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記

短期集中連載『闘将が虎を抱きしめた夜』第1話「願ってもない人」

産経ニュース
就任会見で久万俊二郎オーナー(左)とがっちり握手をする阪神・星野仙一監督、右は阪神・野崎勝義球団社長
就任会見で久万俊二郎オーナー(左)とがっちり握手をする阪神・星野仙一監督、右は阪神・野崎勝義球団社長

今ここで、再び闘将・星野仙一を語りたい-。16年ぶりのリーグ優勝を目指す矢野阪神を見つめながら、なぜか18年前の2003年のリーグ優勝の興奮と感動が脳裏に蘇る。01年オフの闘将の阪神監督就任後は暗黒時代を見事に脱出し、昨季までの19シーズンでは5位以下は2度だけだ。就任前までの15シーズンで最下位10度、Aクラスはたったの一度(1992年の2位)だけ…というダメ虎を大変革した。闘将が築いた土台の上に現在の矢野阪神の進撃がある-と言っても、誰も否定できないだろう。もう20年前の01年の星野仙一監督誕生からリーグの頂点を極めるまで、舞台裏には何があったのか…。あの日、あの時、タイガースに、闘将・星野仙一に、そして私自身の人生に何が起きたのか。短期集中連載で初めて全てを書きつくす。題して【闘将が虎を抱きしめた夜】 第1話は『願ってもない人』-。

夫人が逮捕なら…オーナーの苦悩

部屋の外では隣の家の子供のはしゃぐ声がしたように思う。休日を過ごす円満な家庭を絵に描いたような風景だろう。一方、カーテンを閉め切った部屋の中は、風雲急を告げるタイガースの喧騒(けんそう)がウソのような静かな時間が過ぎていった。書斎のテーブルの上には近くの寿司屋から注文した盛り合わせの寿司が2貫並んでいた。疲れの色が漂う老オーナーと血気盛んな新聞記者はただ黙々と寿司をほおばっていた。

場所は神戸市東灘区。阪神の久万俊二郎オーナーの自宅。時は2001年9月23日。日曜日の昼下がりだった。世の中は前日の土曜日から振り替え休日の月曜日まで3連休中で、連休の2日目でもあった。休日はオーナーは取材対応を一切しない。なのでスポーツ紙ら虎番記者のオーナーマークは薄れていた。血気盛んな新聞記者とは当時、42歳だった私のことだ。

「どうします…」。老オーナーは答えを言わず、ただ困惑の表情を浮かべていた。差し迫る野村沙知代夫人の脱税容疑での逮捕の瞬間。それは同時に8月2日の段階で早々に発表していた「野村克也監督留任」を根底から覆す事態だった。 「奥さんが逮捕されたらどうします。それでも野村監督をかばい、続投させますか」

「それは無理です。夫人が逮捕なら辞めさせます」

久万オーナーはやっと声を絞り出したが、ただ、それは答えのようで全く答えになっていなかった。沙知代夫人が逮捕され、野村監督を辞めさせたとしても、阪神タイガースの歴史はそれで終わるわけではない。来季以降も誰かが監督としてチームを指揮し、4年連続で最下位に沈むチームを浮上させなければならない。

1998年の吉田義男監督、そして99年から3シーズン指揮を執った野村克也監督の成績はすべて最下位。まさに刀折れ矢尽きる状態とはこのことで、ここまで落ち込んだチームを浮上させる手立ては一体どこを探せばあるのか…。そんな名案があるのなら、とっくにタイガースはかすかな希望の灯に向かって全速力で走り出しているはずではないか。