町中が泥をかぶった3年前 記憶をつなぐ人たち

産経ニュース
「語り部018」の古賀テル子さん、清家真里子さん、三瀬佳代さん(左から)。後ろに見えるのが氾濫した肱川=愛媛県西予市野村町
「語り部018」の古賀テル子さん、清家真里子さん、三瀬佳代さん(左から)。後ろに見えるのが氾濫した肱川=愛媛県西予市野村町

平成30年7月の西日本豪雨から3年。同月7日早朝、上流の野村ダムの放流により肱川(ひじかわ)が氾濫し、5人が亡くなった愛媛県西予(せいよ)市野村町では、被災箇所を直接訪れ、当時の状況を説明する語り部活動が始まっている。被災年の西暦にちなんだ「語り部018のむら」代表の古賀テル子さん(77)は「あれから3年、どうしようか、どうしようかと今まで来た。町はまだ復興への一歩を踏み出せていない」と振り返る。

メンバーも被災者

「この通りでは全部1階まで水につかりました」「ここには43軒の集落がありましたが、今は住宅が4軒、お店が2軒あるだけです」-。古賀さんらは被災当日に撮影された写真を示しながら災害現場を案内する。

「語り部018のむら」はその記憶を後世に残そうと市の呼びかけで昨年結成、現在は10人が登録しており、申し込みがあると日程を調整して出られるメンバーが案内して回る。

町歩きをしながら浸水時の写真パネルを示して説明する「語り部018のむら」の古賀テル子さん=愛媛県西予市野村町
町歩きをしながら浸水時の写真パネルを示して説明する「語り部018のむら」の古賀テル子さん=愛媛県西予市野村町

メンバーもみな被災者だ。古賀さんは町がみるみるうちに海のようになった3年前を「普段は穏やかな肱川がまさかあんなことになるなんて。誰も思っていなかった」と振り返る。山の中腹にある自宅は無事だったが、古賀さんが縫製の仕事をしていた商店街の作業場は水没した。付近は3メートルほども浸水し、廃業した店舗もある。「何か役に立つことをしたい」と語り部になったが、古賀さんは「町はまだ一歩が踏み出せていない」と住民としての実感を語る。

自宅の床下まで水が来たというメンバーもいる。役場の職員に避難を促されたという三瀬佳代さん(73)は「町じゅう40~50センチは泥をかぶっていた」と命からがらの脱出を振り返った。

清家真里子さん(69)の家は川沿いだったため、1階は床から約1・5メートルまで泥水につかった。公民館に避難し、3日目に自宅に戻ったが「1階はぐじゃぐじゃ。どこから手をつけていいのか分からない」状態だったという。消防団やボランティアの人たちが片付けてくれたが、結局自宅は取り壊すことに。「ダムができたから大丈夫だという思いがあったのに、ダムの操作で今までにないような水害になってしまった。川のそばに住めば浸水の可能性があるのだということを忘れないように伝えていきたい」と話す。

過去にも繰り返された洪水

肱川は昔からよく氾濫する川として知られていたという。西予市の北に位置する愛媛県大洲市の市史には、江戸時代に周辺を治めていた大洲藩が、水番2人を置いて交代で昼夜、(肱川の)水位を観測させていたという記録が記されている。

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