【ぴいぷる】吉本新喜劇・未知やすえ 芸歴42年、看板女優の夢…アイドル歌手「諦めてませんよ」  - イザ!

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吉本新喜劇・未知やすえ 芸歴42年、看板女優の夢…アイドル歌手「諦めてませんよ」 

 「頭スコーンと割って、脳みそストローで吸うたろか!」

 コワモテの男たちを一列に正座させ、巻き舌で怒鳴りつける。次の瞬間、「あ~、怖かったぁ」と、か細い声で乙女のように身をくねらせる。

 関西で大人気の吉本新喜劇、その看板女優。十八番(おはこ)の「キレ芸」で観客を爆笑の渦に巻き込むが、この持ちネタ、いつごろどうやって生まれたのか。

 「コンビで漫才をしていた頃(20歳前後)、ネタで相方に不満をぶつけたら、これが受けまして。で、『文句ばっかし言いやがって。そんなこともできひんのか!』。こんな普段言えない本音を、私が舞台で代弁することで、お客さんは溜飲を下げてくれるんです」

■ダンサー枠で吉本に

 芸歴42年。舞台にドラマにと活躍するが、「最初はお笑いに興味がなくて。歌手志望だったんですよ」と打ち明ける。

 大阪で育った中学の頃、歌手を夢見た。「同級生とタレントオーディションを受け続けましたが、すべて不合格で」。そんなとき、「吉本が芸人以外のタレントを募集しているのを見つけまして」。受かったのが、ダンサー枠だった。

 当時、間寛平や明石家さんまが歌手として活躍していたころ。

 「先輩たちのバックダンサーとして踊ることになったんです」

 中学の同級生と一緒に吉本に入ったものの、ダンスチームはあえなく解散。吉本から「漫才で残れ」と勧められ、同級生漫才コンビ「やすえ・やすよ」を結成する。新人賞を総ナメにするも、「プロになったとたんに客席から笑いが取れなくて」と自信を失い、21歳のときに解散する。

 「相方は簿記の資格を持っていたので銀行員の道へ。『君は何か資格は?』と会社で聞かれ、『原付』と答えたら笑われて。『新喜劇に入れ』と言われたんです」

 舞台には上がるが自信がわかず、「向いてないのでは」と悩む毎日。だが、継続は力なりとはよく言ったもので、「お客さんを笑わせ、最後には泣かせる。喜劇の奥深さにだんだん惹かれていきました。歌手志望なのに何でかな」。

 「あやや(松浦亜弥)に似ていると言われる」童顔。それは横に置いておくとしても、確かに57歳には見えない。「還暦まであと数年なんですが、まだまだやってみたいことがある」とチャレンジ精神も旺盛だ。

■コロナ禍から転じて

 約2カ月先に控える関西テレビ主催の人気舞台シリーズ「はい! 丸尾不動産です。~本日、家で再会します~」(9月~)では、物語のカギを握るマドンナ役に挑戦する。吉本以外では初の舞台で、これもその「まだまだやってみたいこと」の1つ。

 実のところ、昨年春、間質性肺炎と診断され、約1カ月間、入院した。「当初、舞台は昨年夏の予定で、降板するつもりでした」。だが、コロナ禍で舞台は順延に。

 落胆から一転、チャンスを逃さずに済んだことに感謝し、「弱った肺を動かすために横隔膜を鍛えています。弱点は他で補えばいい。舞台作りと一緒ですね」。

 治療が難しいとされる大病だが、逆に「より欲が出てきた。私が外の世界へ出て頑張らないと。後輩芸人に後に続いてほしいから」としみじみ語る。

 ところで、“アイドル歌手”の夢の方は…。

 「もちろん、あきらめてませんよっ」

 キレ芸で来るかと思ったら、真顔で返された。やすえ姉さん、まだまだ本気のようだ。(ペン・波多野康雅 カメラ・南雲都)

 ■未知やすえ(みち・やすえ) お笑いタレント。1963年8月7日生まれ。57歳。大阪府東大阪市出身。府立布施北高校卒業。79年、吉本興業に入り、82年、漫才コンビ「やすえ・やすよ」結成。84年にコンビ解散後、吉本新喜劇に入団。2007年、初の女性座長を務め、話題に。夫は元座長の内場勝則。漫才コンビ「矢野・兵動」の兵動大樹と落語家、桂吉弥がW主演を務める人気舞台の第3弾「はい!丸尾不動産です。~本日、家で再会します~」は9月4~7日、ABCホール(大阪市福島区)で、10月3日、アクリエひめじ中ホール(兵庫県姫路市)で上演。

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