市場は7割減! “スーツ離れ”を断ち切ることはできるのか - イザ!

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市場は7割減! “スーツ離れ”を断ち切ることはできるのか

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崩壊する既製スーツ市場(出典:小島ファッションマーケティング)
崩壊する既製スーツ市場(出典:小島ファッションマーケティング)

スーツに大逆風が吹いている。

働き方の多様化で「スーツ離れ」が進んでいたところに、コロナ禍の在宅勤務増というダブルパンチによって、市場が急速にシュリンクしているのだ。

小島ファッションマーケティングの推計では、2020年の国内スーツ販売は約400万着で、ピーク時の1992年(1350万着)に比べて7割減まで落ち込んでいるが、注目すべきは18年から20年で4割も減っていることだ。加速度的に市場が縮小しているのだ。

それを示唆するのが、紳士服専門店最大手の青山商事の苦境だ。21年3月期連結決算は純損益が388億円の赤字となった。これは1964年の設立以来最大の赤字額ということで、同社は大規模なリストラに踏み切っている。昨年、全店舗の2割にあたる160店舗を閉店させて、正社員400人の希望退職者を募っていたが、さらに400店の売り場も縮小していくという。

このような話を聞いても、「リストラされた人たちは気の毒だけど、高温多湿の日本でそもそも無理してスーツを着る必要なんてないでしょ」くらいの冷ややかな反応の方も多いかもしれない。実は近年、ネットやSNSでは「スーツ不要論」を叫ぶ人たちが増えているのだ。最近では、暑くてジメジメした今のような季節に、就活中の学生たちにスーツ着用を義務付ける企業なども「時代遅れだ」と叩かれている。

スーツはよみがえるのか

子どものころから「あの暑苦しそうな服を着ることなく生きていけないかな」と考えて、大人になってからそういう仕事ばかりを選んでいた筆者も、スーツ不要論にはまったく同感だ。が、一方でこの世の中には、スーツを愛してやまない方たちもたくさんいらっしゃることを忘れてはいけない。

人生を豊かにするファッションとして楽しんでいる方もいるし、「暑かろうがジメジメしていようが、オレはここぞというときにパリッとしたスーツを着ないと、いい仕事ができてないんだ」と自身のパフォーマンスに欠かせないものだと考える方もいらっしゃる。

そのような人たちのことを思えば、個人的には興味ゼロながらも、社会全体としては「スーツ文化」をしっかりと守っていくことも必要ではないか、とも思うのだ。

では、約10年で7割も減少した市場をどうすればよみがえらせることができるのか。ぶっちゃけ、ここまで落ち込んたものを、「オシャレ」や「価格」の訴求だけで持ち直すのは無理ではないだろうか。

ならば残された道は、スーツ自体の役割や価値を根本的に見直していくしかない。そう考えていくと突き当たるのが、「スーツの制服化」だ。

ご存じのように、工場などで働く従業員には作業服が支給・貸与されている。複数枚ほしい場合は、自腹で買うことができるが、必要最低限のものは支給されることが多い。飲食店や小売店で働く店員の制服も同様だ。

これらと同じような形で、オフィスワーカーのスーツも「制服」という位置付けにして、会社が従業員に対する福利厚生としてすべて支給するのだ。もちろん、会社が従業員にスーツを支給すると法的に「現物支給」という扱いになって、従業員も給与課税されてしまう。福利厚生とするには、スーツも他の制服と同じように福利厚生費として計上できるように法改正をしていくことが必要だ。

これをクリアして、従業員のスーツが「経費」で落ちることになれば、企業がどんどんスーツを購入してくれるはずだ。少なくとも今のように、サラリーマン個人が少ない給料の中からやりくりして購入するよりも圧倒的に多くなることは間違いない。つまり、スーツを制服化することで、個人向けから企業向けに事業を転換させて、新たな需要を開拓できるというわけだ。

スーツを無償支給に

それがうかがえるのが、矢野経済研究所による日本のユニフォーム市場規模の推計だ。日本は人口減少によって労働人口も減少している。にかかわらず、制服ビジネスは堅調で、19年度は前年度比0.7%増の5292億円となっている。もしここに「オフィスワーカーのユニフォーム」も組み込まれていけば、スーツ業界も息を吹き返すことは間違いない。

例えば、トヨタ自動車のような影響力のある企業や、経団連企業などが音頭をとってスーツの制服化を推進していけば、採用活動やホワイト企業アピールの目的で導入していく企業も増えるだろう。テレワークなどで自由な服装で働く人たちが増えていく一方で、会社から支給される「制服スーツ」も多様性の一つとして後世に受け継がれていくはずだ。

服飾文化というのは、個人の嗜好(しこう)に任せたままでは着物や和装のように衰退してしまう。セーラー服が100年経った現在も文化として残っているのは、「かわいい」からではなく「制服」だからだ。これと同じく、スーツも制服化することによって、100年先まで文化として受け継いでいくことができるはずだ。

というような話を聞くと、「待て待て、いくらスーツ文化を守るためとはいえ、なぜ日本中の会社が金を負担しなくちゃいけないんだよ」と文句を言いたくなる方も多いかもしれないが、実は「スーツの制服化」は日本社会全体にとっても悪いことではない。

まず、大きいのは労働者の「賃上げ」に寄与できる。

前回の「安いニッポン」でも触れたように、日本の労働者は他の先進国の労働者よりも、かなり低い賃金で働かされていることが徐々に問題になってきている(参照リンク)。さりとて、年功序列や、定年退職を控えるベテランの手前、気軽に給料をあげていくこともできない。

そこでスーツの無償支給だ。手頃な価格のスーツといえども、3万円くらいはしてしまう。毎日着るワイシャツも含めたらかなりの出費だ。それをもし会社が負担をしてくれることになれば、給料から余計な出費をしないで済む。つまり、実質的な「賃上げ」をしていることと変わらないのだ。

「制服スーツ」に注目

メリットは会社側にもある。実は今、多くの日本の会社は「社員の一体感がない」ことに頭を悩ませているのだ。

かつて日本企業は「大家族主義」を掲げて、社員の間に家族のような一体感を抱かせるため、社内運動会や忘年会などのイベントを重視していた。しかし、パワハラ、セクハラ、若者の酒離れなどのさまざまな問題から、このようなイベントに社員を強制的に参加させることが難しくなってきている。

終身雇用が崩壊して、かつてほど会社への忠誠心も薄れてきている。そこに加えて、コロナ禍によって社員同士のコミュニケーションまで激減している。PC画面上でしか会っていないまま、他部署へ異動してしまった同僚がいる、なんて話も珍しくなくなっている。

そこで注目されているのが、「ユニフォーム」だ。

実は心理学の世界では「ユニフォーム効果」という言葉があって、働く人が制服を着ることで仕事に対しての責任感を持つことや、モチベーションが向上して、職場の一体感を感じやすくなることが分かっているのだ。

ここまでいえばお分かりだろう、「制服スーツ」の導入は、今後ますます人間関係が希薄になっていく企業で、社員のモチベーションアップ、チームの一体感など労働環境の改善につながるのだ。

「作業着スーツ」が広がる

机上の空論だと思う方もいるかもしれないが、実は「制服スーツ」は既に一部企業で導入され始めており、社員のやる気がアップしたなどの効果が報告されつつあるのだ。その代表的なものが、コロナ禍で前年比400%の成長をしたことで注目を集めているワークウェアスーツだ。

洗濯可能で汚れにくい素材で、ガンガン着れる「作業着スーツ」として知られるこのワークウェアスーツ。専門店がオープンしたり、有名セレクトショップで扱われたりとかなり人気となっていることは有名だが、法人導入数1000社を超えたことはあまり知られていない。作業着スーツに社名の刺繍(ししゅう)やロゴを入れて、「ユニフォーム」として社員に支給している企業が増えているのだという。

例えば、同社のWebサイトによれば、三菱地所グループで、高級レジデンス管理員用の制服として導入されているほか、中古車販売最大手のビッグモーターが、商品の移動や車の整備、顧客対応、外回りの営業などをする従業員のユニフォームとして採用している。現場からはモチベーションがあがったなど大変好評だという。

また、東京都心部を中心に高級不動産仲介業をしているアクセルホームでは、「従業員にスーツ着用をお願いしているのは会社側なんだから、ユニフォームを支給することで従業員の金銭的な負担を軽減できないか?」(ワークウェアスーツのWebサイト)という考えから、営業担当者のユニフォームとして支給しているという。

「作業着スーツ」という分野に限っても、既にこれだけ制服化が進んでいるのだ。先ほどのような法整備が進めば、労働環境改善や福利厚生を目的として、「制服スーツ」を導入する企業が一気に増えていくのではないか。

目立たないことが何よりも大事

このような話を聞いても、「社員がみな同じスーツを着る」ことに抵抗のある人も多いことだろう。

スーツとは大人のオシャレというか、社会人として自立していることを体現するファッションである。それを制服などに変えてしまったら、個性や自由な雰囲気が奪われてしまうのではないか。そのような心配をされる方もいらっしゃるだろう。

しかし、残念ながらそれは「幻想」だ。この日本において、スーツはもともと「制服」である。時代を経て、原点に戻ったというか、ルーツに立ち戻っただけの話なのだ。

国立公文書館アジア歴史資料センターのWebサイト「戦前と戦後の男性のファッションはどう変わったの?」というQ&Aの中で、日本のスーツについて以下のように述べられている。

「スーツは全ての場所で着用可能な、いわば大衆服になったといえます。このように、近代化・西洋化の進展とともに、男性ファッションの洋装化が進みました。その契機は、図らずも、戦時中の国民服の普及だったのかもしれません。全ての場所で着用可能という国民服の機能が、そのままスーツへと受け継がれていったからです」

国民服というのは、1940年に「国民服令」によって定められた標準服。戦時中の男性たちがみな着ていた中国の人民服のようなものだ。

なぜ戦時中の日本が国民に「制服」を着せたのかというと「一体感」のためであることは言うまでもない。「聖戦完遂」という同じ目標を目指すため、同じ服を着て、同じように日本のために働く。そこには「個性」などまったく必要ない。だから、国民服はシンプルで色も地味だった。目立たないことが何よりも大事だった。

日本の男たちはそういう「没個性の制服」を24時間365日身にまとっていた。働くときも、食事をするときも、余暇を過ごすときも国民服だった。そういうスタイルが骨の髄まで染み込んだ人々が戦争に負けた後、サラリーマンとしてスーツを着始めた。といっても、国民服に慣れているので自由にオシャレなどできるわけがない。人気となったのは、没個性のグレースーツ。国民服のように同じスーツを着て満員電車で通勤する姿は「ドブネズミルック」と揶揄(やゆ)された。

制服ビジネスの未来は明るい

このように日本のサラリーマンの服飾文化は、国民服という「制服」から始まっている。だから本来は「制服化」に違和感があるはずがない。むしろ、原点に戻ったような気がしてホッとするはずなのだ。

実は国民服は当初、20%くらいしか着用されなかった。戦時中でもおしゃれを楽しみたい、個性がないのがカッコ悪いということだった。しかし、戦局が悪化して、空襲が激しくなっていくことで一気に浸透して、最終的に日本の男性のほとんどはこの国民服を身にまとった。

つまり、われわれ日本人は苦しくなれば苦しくなるほど、「一体感」を求める集団心理が働いて、「制服」にすがってしまうのだ。

人口減少と低賃金の固定化で、これからの日本は貧しい若者から犠牲にしていく「消耗戦」へと突入していく。過去の歴史に学べば、さまざまな業界、さまざまな会社でこれから「一致団結」のためにユニフォームの導入が増えていくということだ。

日本は多様性だなんだと言いながらも、いまだに「貧しい家庭の子どもがいじめにあわないように制服を守れ」なんて声が多くて、子どもたちに制服も強制している。アイドルグループも制服のような衣装を身にまとう「制服大国」と言ってもいい。

そのような意味では、制服ビジネスの未来は明るいのだ。なにかとつけて「一体感」を求めるムードが高まって、学校、友人同士、会社、そしてスポーツやエンタメなどでユニフォーム需要が増えていくに違いない。

戦争を知る世代も徐々に消えていく中で、気がついたら「今、国民服がおしゃれ」なんてことになる日もそう遠くないのではないか。

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