「目が覚めた」小林麻耶が整体師の夫と離婚へ すでに別居、協議も開始 - イザ!

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「目が覚めた」小林麻耶が整体師の夫と離婚へ すでに別居、協議も開始

ポストセブン
結婚生活が重大局面を迎えている小林麻耶(時事通信フォト)
結婚生活が重大局面を迎えている小林麻耶(時事通信フォト)

小林麻耶(41才)の結婚生活が重大局面を迎えている。2018年に整体師の國光吟氏(37才)と結婚した麻耶が、離婚に向けて協議を始めたことがわかった。

麻耶が國光氏と別居して、4か月が過ぎようとしている。別居を始めたばかりだった今年の3月、麻耶は『女性セブン』の取材に、別々に住んでいると明かしたものの離婚に関しては「ありません」と涙ながらに否定していた。

当時の麻耶は、別居が一時的なものなのか、別の方向に向かうきっかけなのか、自分でもわかっていなかったのかもしれない。それだけ、彼女の中に國光氏の存在が浸透していたということだろう。

その國光氏は6月8日、自身のブログに《人は日々変化するので、それに伴い環境を整えていくことが大切だと感じました!》と、意味深に記している。麻耶は周囲のサポートのもと、自分の意思で答えを出しているという──。

麻耶と國光氏が出会ったのは、2018年5月のことだ。

「最愛の妹の麻央さんを亡くして、もうすぐ1年という時期でした。麻耶さんはまだまだ悲しみを乗り越えられずにいて、心身ともに弱っていたんです。麻耶さんはかねてからスピリチュアル色の強い“子宮系”のカウンセリンググループに傾倒していたのですが、その交流の場で出会ったのが國光さんだったそうです。國光さんはヨガのインストラクターもしていて、麻耶さんは彼のセラピーを受けることで、癒されていったように見えました」(麻耶の知人)

國光氏は当時から、知る人ぞ知る存在だったという。

「不思議な力で心身を調整する『オメガセラピー』を謳い、少なくない顧客を抱えていたようです。いまは削除されていますが、当時の國光さんのSNSには『宇宙ヨガ』や『覚醒体験』など、スピリチュアルな言葉がたくさん並んでいました」(芸能記者)

2018年7月、セラピーを通じて急接近したふたりは結婚を発表。出会って2か月、“交際ゼロ日”での電撃婚だった。そしてこの結婚を境に、麻耶は周囲から心配する声が上がるほどに豹変していく。

結婚後、麻耶の傍らには常に國光氏の姿があった。ふたりは2020年の秋口頃から、目に見えるトラブルを引き起こすようになる。

「國光さんが、麻耶さんの仕事に同行し始めたんです。しかも『その服はよくない』とか『撮影の方角が悪い』などとスタッフに指示を出すようになった。その行為が目に余り、番組側が國光さんに同行しないようにとお願いしたところ、今度は麻耶さんが精神的に不安定になってしまったんです」(テレビ局関係者)

そうした背景もあってか、麻耶は当時レギュラーコメンテーターを務めていた『グッとラック!』(TBS系)を突如、降板。所属していた芸能事務所も契約終了を発表した。ふたりは活動の舞台をYouTubeに求めた。チャンネル名を『コバヤシテレビ局』として、早朝からふたり並んで瞑想するなど、独特の内容を配信し続けていた。

「國光さんが麻耶さんの知名度を、フルに生かそうとしているのは明らかでした。麻耶さんは國光さんに利用されている。周囲では、そうした心配の声も大きくなっていきました。でも麻耶さんは國光さんに心酔していて、何を言っても聞く耳を持たない状態でした」(前出・麻耶の知人)

だが、ふたりの蜜月は突如終わりを迎えることになる。今年1月、『コバヤシテレビ局』の終了が動画内で報告されたのだ。そして今年3月、麻耶が実家に戻り、國光氏が新たに借りたマンションに住むことで別居がスタート。以前は麻耶のブログに國光氏が登場することも珍しくはなかったが、別居後は一切登場していない(6月28日現在)。

片時も國光氏の傍を離れたくなかった麻耶に、何が起きたのか。

◆麻耶に周囲の声が届き始めた

『コバヤシテレビ局』が終了した今年1月、國光氏は大胆な行動に出ていた。

「自分の会社の称号を、『株式会社AKIRA』から『株式会社コバヤシテレビ局』に変更したんです。実は國光さんは、昨年の春に『國光』から『小林』に姓も変更しているんです。不可解なタイミングでの変更に、“小林家の相続の権利を得るために婿養子に入ったのでは”と怪しむ声もありました。

別居直前のタイミングだったと思うのですが、麻耶さん自身、加速する“コバヤシ推し”に違和感を覚えるようになっていました」(前出・麻耶の知人)

聞く耳を持たなかった麻耶に、この頃から周囲の声が届き始めていたようだ。

「麻耶さんを誰よりも心配していたのは、ほかでもないお母さんです。お母さんは國光さんとの関係に疑問をもちながらも、麻耶さんを見守り続けました。時間があれば娘のもとに駆けつけ、いろんな話をしていたようです」(前出・麻耶の知人)

母と同様、麻耶の心を動かしたのは、麗禾ちゃん(9才)と勸玄くん(8才)の存在も大きかった。

「海老蔵さんは、國光さんと麻耶さんの関係にいち早く違和感を覚えていたんです。子供たちに影響があってはいけないと、麻耶さんとも距離を置きました。麻耶さんは麻央さん亡きあと、本当の母親のように2人の面倒をみてきた。会えない期間が長くなり、お母さんから2人の成長を伝え聞くなかで、『会いたい』という気持ちが強くなったようです」(別の麻耶の知人)

麻耶は『婦人公論』(2019年)のインタビューで、こんなことを語っている。

《子どもも大好きなので、年齢的なことはありますけれど、授かればいいなと思っています》

「麗禾ちゃんと勸玄くんとの再会を願うようになるなかで、まだ見ぬわが子への思いも強くなっていったようです。でも父親は、國光さんじゃない方がいいのかもしれない……周囲の意見を受け入れるなかで、そうした考えに変わっていったんです。長い夢から目が覚めた、そんな感じでした」(前出・麻耶の知人)

麗禾ちゃんと勸玄くん、そして自分の将来のために、ついに麻耶は決断する。

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