【ダンディーの極み ゲンスブールという男】タキシード着用時も「素足に靴」の美学 今冬に記念館 - イザ!

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ダンディーの極み ゲンスブールという男

タキシード着用時も「素足に靴」の美学 今冬に記念館

 1928年、パリ20区に生まれたセルジュ・ゲンスブールは、69年以降セーヌ川の左岸、サン・ジェルマン・デ・プレ教会に近いヴェルヌイユ通りのパリ市内では珍しい一軒家に居を構えていた。かつて女優で歌手のジュリエット・グレコが住むこの通りに何度か通ったセルジュにとって、カルチェラタンのこの辺りの思い出は尽きない。

 パリ右岸きっての名門校リセ・コンドルセに通っていた少年時代、パリ9区や16区などセーヌ川の右岸で過ごしたセルジュ。その本名は、リュシヤン・ギンスブルグ、この名前が好きではなく、ロシア風のセルジュとしたが、ゲンスブールは高校時代、教師がギンスブルグをうまく発音できずにゲンスブールと呼んだことに由来している。

 セルジュ・ゲンスブールという男は生粋のパリジャンなのだ。

 セルジュは素足に靴を履いていたことでも知られていた。男の身だしなみは足元。セルジュの足元はいつも柔らかくて軽そうな踊り手が愛する白い靴だった。

 パリ・オペラ座近く、「平和」と名付けられた通りに店を構えるダンサー御用達の「レペット」のZIZIという名の靴である。ZIZIとはこの店の創業者の息子ローラン・プティの妻で、『ノートルダム・ド・パリ』のエスメラルダやカルメンを踊ったスター・バレリーナのジジ・ジャンメールのこと。

 セルジュはこの靴をこよなく愛した。タキシードでドレスアップした時でも、決して靴下を履くことはなかった。

 シラク元大統領やサルトルやボーヴォワールが眠るモンパルナス墓地にセルジュ・ゲンスブールの墓がある。ここにセルジュは両親とともに眠っている。

 この冬、セルジュが暮らしていたパリ7区の自宅が記念館としてオープンする予定だ。かつてセルジュが暮らしていたときのように、室内には大きなブリジット・バルドーの大きなポートレートやジタンの吸い殻さえも当時のままになっているという。

 パリ左岸の新しい観光名所になり、セルジュ・ゲンスブールの名前は永遠に生き続けることだろう。 =おわり (小張アキコ) 【次週はペリー荻野さんの「これぞ男の時代劇 原田芳雄の世界を見たか」です】

 ■セルジュ・ゲンスブール 1928年4月2日~91年3月2日。享年62。死後はジャン=ポール・サルトル、シャルル・ボードレールなどの著名人が数多く眠るモンパルナス墓地に葬られた。今も墓碑を訪れる人が絶えない。

zakzak


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