【ABS流 令和NEWバブルのすすめ】イノベーション創出のハブとなる新たなメディアが必要 80年代にはカルチャー誌が流行の最先端交流の場を提供 - イザ!

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ABS流 令和NEWバブルのすすめ

イノベーション創出のハブとなる新たなメディアが必要 80年代にはカルチャー誌が流行の最先端交流の場を提供

i―Dマガジンと80年代のクラブ
i―Dマガジンと80年代のクラブ

 ロンドンのクラブで踊っている私(カツア・ワタナベ)の目の前を、コンサート会場でしか見たことがないデイヴィッド・ボウイやボーイ・ジョージ、デュランデュラン、マルコム・マクラレンらのミュージシャンたちが行き来している。「ロンドンのクラブは最高だ!」と大声で叫んだが、空間全体が振動する大音響にかき消されて誰にも聞こえない-。

 ここは1980年代のロンドンの伝説のクラブ「ワグ・クラブ」。普通の人お断りのうえ、一見客だけの入店もNGというクローズド空間のため、有名人も安心して遊びに来ていました。

 今では世界的に有名なジャン=ポール・ゴルチエやジョン・ガリアーノ、ヴィヴィアン・ウェストウッドらのファッションデザイナーたちも、デザインのインスピレーションを受けるために、いつもここに来ている常連でした。

 クリエイターたちにとって、遊びは仕事のアイデアを得るインスピレーションの源。異業種コラボでファッションショーとライブを組み合わせたり、コラボ商品を発表するなど、業界の壁を超えたクリエイティブの化学反応が日常的に生まれていました。そのため私も、当時住んでいたパリから毎週末、ロンドンのクラブに遊びに行っていたのです。

 その頃、クラブのイベントやパーティーをいくつもオーガナイズしていたのは、ファッション、ミュージック、カルチャーなどのトレンドを発信していた、カルチャー誌の「i-D」マガジンや「THE FACE」です。

 当時のマガジンはペーパーメディアですが、情報を伝える雑誌というだけでなく、ある時はクールな空間、またある時は業界を超えたコミュニケーションの場として、新たなカルチャーを生み出す有機的な中間媒体でした。

 そして私が通っていたクラブも、世界各国からトガったクリエイティブ人間たちが集まり、お互いを刺激し合い、感性をスパークさせてインスピレーションを増幅する、まさに媒体空間でした。つまり、当時の80年代の欧米のクラブはメディアの一種だったのです。

 しかし、インターネットやSNSを使うことが日常となった今の時代では、速報性とリアルタイムでの情報のアップデート、双方向のコミュニケーションが求められています。これらは紙媒体ではできないことで、デジタル媒体でしかできません。

 つまり、これからの時代のメディアには、デジタル空間で業界を超えたイノベーションを生み出すハブとなることが求められています。そこから自然発生するコミュニティーを育て、コミュニティーが創造するクリエイティブをサポートするプラットフォームとなることが、新しいメディアの役割となっていくことでしょう。

 ■ABS世代 昭和30(1955)年から43(68)年生まれの、若者時代にバブルを謳歌した世代。

 ■カツア・ワタナベ 米ニューヨークのDecode Creative代表。クリエイティブディレクター。ファッション、ビューティー、ウェルネス、ライフスタイルなどのブランディング、クリエイティブ、商品開発などの感性ビジネスのスペシャリスト。

zakzak

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