【S列車で行こう シルバーマル“得”ぶらり歩き】養育院跡の巨大栄一像 事業切り開いた「仁」 - イザ!

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S列車で行こう シルバーマル“得”ぶらり歩き

養育院跡の巨大栄一像 事業切り開いた「仁」

養育院は現在、東京都健康長寿医療センター(板橋区栄町)となっており、板橋区役所のほど近くにある
養育院は現在、東京都健康長寿医療センター(板橋区栄町)となっており、板橋区役所のほど近くにある

 前回、筆者の住む東京都板橋区とNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公・渋沢栄一の関わりを知るべく板橋区立郷土資料館の「高島秋帆 渋沢栄一」という企画展示を見に行った話を書いた。

 今回は、その展示によって知った栄一の数ある功績のひとつ、困窮者の収容保護施設「養育院」を訪ねた。養育院は現在は東京都健康長寿医療センター(板橋区栄町)となっており、板橋区役所のほど近くにある。

 ちょうど区役所に用もあったのでシルバーパスで都営三田線板橋区役所前まで行き、用事を済ませて医療センターへ。病院横の一画に休息できるスペースがあり、巨大な栄一の銅像があった。しばし眺めたり、掲示を読んだ後、検温されてから病院内に入り2階に上がる。「養育院・渋沢記念コーナー」という展示スペースがあるからだ。

 さまざまな記念品の展示もあるが、「櫻園(おうえん)通信」というパンフレットがなかなか充実していて一部ずつ持ち帰り自由なのがありがたい。展示資料などによると養育院が設立されたのは1872年。翌年、渋沢栄一は大蔵省を辞して実業界に転じ、紆余(うよ)曲折を経て79年に栄一が養育院院長になったとある。

 栄一といえば日本の実業界の生みの親として知られるが、実は養育院での社会福祉事業の功績の方が長いのだ。養育院は明治初頭に初代東京府知事・大久保一翁が共有金(救貧資金)を原資に始めたもので、栄一はその運用を委託された。

 この共有金は江戸時代の「七分積金」という救民基金をモデルにしたもの。だが、「税金を使って貧乏で働けない人を養育することは怠け者を作ること」との養育院廃止論が起こり、それに栄一は「政治は論語でいう仁に基づいて行うのは当然」と反論、養育院経営を受託したという。

 東京には栄一のさまざまな足跡が残っているが、養育院は際立っている。いささかの感動とともに帰路に着いた。 (いくちゃん)

 【地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター】

 東京都板橋区栄町35の2。高齢者のための高度専門医療と研究を行う拠点として高齢者の健康長寿に寄与する機関。明治5(1872)年設立の養育院に端を発する歴史を大事にして、記念コーナーを設けている。

zakzak

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