【今よみがえる相米慎二の世界】工藤夕貴、右も左も分からず…オーディションで「とんでもない発言」 記念碑的な映画「台風クラブ」(1985年) - イザ!

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今よみがえる相米慎二の世界

工藤夕貴、右も左も分からず…オーディションで「とんでもない発言」 記念碑的な映画「台風クラブ」(1985年)

後に世界的な女優になる工藤夕貴
後に世界的な女優になる工藤夕貴

 相米慎二監督は盛岡市生まれだが、父の転勤で北海道の標茶町に転居。その後、札幌、釧路と転居しているから北海道育ちである。映画好きの少年は中央大学入学のため上京。縁あって長谷川和彦監督の口利きで日活の助監督に。なるべくしてなった映画人生だ。

 この作品は第1回の東京国際映画祭ヤングシネマ部門でグランプリを取った記念碑的な映画だ。台風接近を背景に思春期の人間模様を描く。

 お説教じみたストーリーだが、どんちゃん騒ぎや家出の果てにこんなことでいいのかと考え直す生徒たちに明るい未来があるのがいいと評判に。

 一躍注目されたのが理恵役の工藤夕貴だ。背伸びしてナンパされる中学生を大胆に演じている。当時13歳で「右も左も分からなかった。だからオーディションに受からなければいいと思っていた。私は主役以外やりませんとか、長い髪はトレードなので切りませんとか、とんでもないことを言っていた」と当時を振り返る。担任教師を演じた三浦友和はそれを見ていて「ひとり浮いている」と思ったとか。

 その三浦も無責任な大人という、これまでのイメージから脱皮した演技で好評に。そもそもこの役は糸井重里を予定していたという。三浦も当時、台本を読んで「これ、僕の役じゃないでしょ、と思いましたが、糸井さんが断ってくれたおかげで相米監督に出会うことができた。俳優として大切なことを教えられた」と感謝の念を語る。以後コメディータッチな役が増えるきっかけとなった。

 ロケ地は長野県の佐久市内の中学校を3週間借り、夏休みを利用して撮影。だが期間中、雨は一滴も降らず(もちろん台風も)スタッフは暴風シーンを作り出すのに苦心。新しく庭に木を植えて倒れさせたという。

 映画が完成したら記念に上映会をする予定だったが、内容が教師の恋愛問題やレイプまがいに家出、学校内でのらんちき騒ぎや、裸のまま雨の中ではしゃぎまくるなど、教育委員会が目くじら立てるようなことばかり。というわけで上映会は自然消滅。ボランティアで出演したエキストラの生徒らは誰一人見られなかったという笑えないおまけ付き。

 この中学校の校舎はその後不審火にあい、焼けてしまうという事件も。

 第7回ヨコハマ映画祭は、相米監督が本作と『ラブホテル』で監督賞を、大西結花が最優秀新人賞、三浦友和が助演男優賞に輝くなど席巻した。 (望月苑巳)

 ■相米慎二(そうまい・しんじ) 1948年1月13日生まれ。72年、中央大学を中退し、契約助監督として日活撮影所に入所。長谷川和彦や曽根中生、寺山修司の元で主にロマンポルノの助監督を務めた。76年にフリー。80年、薬師丸ひろ子主演の『翔んだカップル』で映画監督デビューした。2001年9月9日、肺がんのため、53歳で死去。

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