【巨人の事件簿】プロ野球界初の天覧試合で長嶋が劇的サヨナラ本塁打 国民的スポーツとして認められた一戦(1/2ページ) - イザ!

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巨人の事件簿

プロ野球界初の天覧試合で長嶋が劇的サヨナラ本塁打 国民的スポーツとして認められた一戦

昭和天皇、皇后両陛下をお迎えした天覧試合でサヨナラ本塁打を放った長嶋
昭和天皇、皇后両陛下をお迎えした天覧試合でサヨナラ本塁打を放った長嶋

 今年、巨人は球団創設85周年を迎える。その長い歴史の中には、感動や衝撃的な出来事が多々ある。そんな事件小史を取材歴57年のスポーツジャーナリスト・柏英樹がひもとく。第1回はプロ野球界初の“天覧試合”-。

 昭和天皇が夜になると皇居から見て神田方面の空が決まって明るくなるのを[あれは、なに?]と侍従に尋ねられたのが“天覧”のきっかけだった。

 [いま、国民に人気のあるプロ野球ナイトゲームの明かりです]との説明に陛下は身を乗り出して明るい夜空を見つめたという。

 元々、プロ野球の父といわれた読売新聞社の正力松太郎社主(巨人初代オーナー)は両陛下にプロ野球を観戦していただきたいと宮内庁に再三出向いて交渉していた経緯もあり、1959年6月25日、後楽園球場での巨人対阪神戦で、プロ野球界初の“天覧試合”が実現するのだ。

 当時、プロ野球は職業野球と呼ばれ、東京六大学野球の方が人気があった。それが前年、6大学のスター長嶋茂雄(立大)が、巨人に入団して大活躍したこともあり、プロ野球人気が高まった。そんな熱が陛下にも伝わったのだろう。

 初の天覧試合に関係者の緊張は大変なものだったが、出征経験のある巨人・水原茂(当時の登録名・円裕)監督は試合の1週間前くらいからお茶断ちをし、当日朝には冷水をかぶって身を清めたという。

 長嶋はそのころ打撃の調子が悪く悩んでいた。前日夜枕元にバットをおいて寝た。そのバットは愛用の細身のアル・シモンズ型ではなくメジャーで年間54ホーマーを放ったラルフ・カイナーモデルのスラッガー用のものだった。長嶋もまた当日朝に清めの水を全身にかぶった。

 そしていよいよ天覧試合当日。試合前には両チームの監督、コーチ、選手全員が内野付近に一列に並び、貴賓席に両陛下が現れると一礼して、プレイボールだ。

 ネット裏最上段の貴賓席の前には防弾ガラスを貼る計画もあったが、天皇の[観衆の生の声、応援ぶりを聞きたい]とのご希望もあり、なにもさえぎるものはつけなかった。

 このため、解説役の中澤不二雄氏はファウルボールが飛び込んでくる場合に備え、グラブを手にしていた。

 巨人・藤田元司、阪神・小山正明両エースの先発で始まった試合は白熱のシーソーゲーム。3回表、小山自らの適時打で阪神が先制すると5回裏に長嶋、坂崎一彦の連続アーチで逆転。しかし、阪神はしぶとく6回表、三宅秀史の適時打と藤本勝巳のホームランで3点を入れて4-2と再逆転する。

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