【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】引退後のプラン進めていた矢先に…「伝説の男」三沢光晴さん十三回忌 - イザ!

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引退後のプラン進めていた矢先に…「伝説の男」三沢光晴さん十三回忌

 「伝説の男」三沢光晴さんの十三回忌(6月13日)がやってくる。2009年、広島から届いた悲報に日本中が悲嘆にくれた。リング上で試合中に倒れ、そのまま逝ってしまった。46歳だった。

 三沢さんは1981年に全日本プロレス入り。二代目タイガーマスクに変身し、素顔に戻るとエースに君臨した。2000年にはノアを設立し、社長レスラーとして文字通りの陣頭指揮で頑張っていた。一時期は新日本プロレスをしのぎ、ノアを業界の盟主に押し上げている。

 28年間のレスラー生活に加え、社長業の苦労が、その体を蝕んでいたのだろう。亡くなる1カ月ほど前の最後の会話は「大丈夫なの?」「ああ」だったことを、鮮明に思い出す。

 いつもは「何しに来たの?」と先制パンチを繰り出してくるのに、控室の椅子に座りこんだまま、何を聞いても生返事を繰り返すばかりだった。

 その1年ほど前から、参謀だった仲田龍リングアナウンサー(14年死去)と、引退後の楽しいプランを語り合っていた。「ノアビル」を建てる。ジムに居酒屋…。引退したレスラー仲間と、トークとお酒と下ネタを楽しむ。土地探しやビルの設計図など話は進んでいた。今、思えば、体が限界に近づいていることを自覚していたのではないだろうか。

 実際、そのファイトは妥協のない激しいものだった。初代と比較されたタイガーマスク時代には、闘うスタイルを巡って思い悩む6年間だった。天龍源一郎らがSWSに移籍し、ピンチに陥った全日本プロレスのために「黄金の虎」マスクを脱ぎ捨てた。決意と覚悟の結果だったが、マスクの扱い方に首をひねった人もいた。

 新時代の旗手・三沢光晴として最強の呼び声も高かったジャンボ・鶴田さんと正対するためとはいえ、子供たちのアイドルだったタイガーマスクの「魂」を叩きつけてしまった。

 激情にかられたのかもしれないが、少しだけマスクへの敬意も示してほしかったというのだ。

 そういう意見もあると、三沢さんに直接ぶつけたが「う~ん」とうなるばかり。素顔になって超世代軍を結成。ついには鶴田超えを果たし、爆発的人気を得たのだから、大正解だった。

 ちなみに後々、川田利明が「あのマスク、オレが拾い上げたんだよ」と振り返っている。

 三沢さんとは業界入りの1年後輩として、公私に渡って忌憚ない意見を交わせた。結婚をスクープし、その半年後の私の披露宴では「いつも楽しみに見ています。みこすり半劇場」とお祝いのメッセージをいただいた。

 お酒と女性と下ネタが大好きな人間味あふれる男だった。あなたのことは、いつまでも忘れません。 (プロレス解説者・柴田惣一)

zakzak



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