【今よみがえる相米慎二の世界】「カ・イ・カ・ン」薬師丸ひろ子が流血も撮影続行 「セーラー服と機関銃」(1981年) - イザ!

メインコンテンツ

今よみがえる相米慎二の世界

「カ・イ・カ・ン」薬師丸ひろ子が流血も撮影続行 「セーラー服と機関銃」(1981年)

薬師丸の『カ・イ・カ・ン』は衝撃だった
薬師丸の『カ・イ・カ・ン』は衝撃だった

 相米慎二監督が亡くなってはや20年。現場ではよく女優が泣いていたといわれるほどの厳しさで知られたが、女優が独り立ちすると「もう一度仕事がしたい」と言わしめたという伝説も。その業績をしのぶ。

 相米監督の代表作であり、薬師丸ひろ子を一躍大スターに仕立て上げた異色の青春映画『セーラー服と機関銃』。赤川次郎の同名小説が原作だが制作過程もまた変わっていた。

 当時の伊地智啓プロデューサーがある日、娘から勧められたのがこの小説。この時、赤川は売れっ子になる前だった。

 前の年に『翔んだカップル』を薬師丸で撮っていた相米監督だが、なんと監督自身も『セーラー服と機関銃』の企画を出していたのだ。伊地智プロデューサーが、角川春樹を口説き落とすために一計を案じた。それは先に薬師丸に本を読ませて角川を説得させるということ。それがズバリ当たり映画化にこぎつけた。

 版権は主婦と生活社にあったが、交渉の結果、角川から文庫として出版。これがミリオンセラーになり、赤川も一躍ベストセラー作家になったというおまけ付き。

 赤川は最初から若者が怒りをぶつけるイメージを描いていて、セーラー服とは絶対合わない機関銃をぶっぱなすことで実現させたという。

 撮影中、あわやということがあった。機関銃を撃ったとき、ビンの破片が薬師丸の鼻の横に当たり出血したのだが本人は気づかず、隣にいた渡瀬恒彦は演出にない彼女をかばうそぶりをしたそうだ。渡瀬らは流血を心配したが監督はそのまま撮影を続けた。後日、助監督だった黒沢清は撮影をストップさせるべきだったと語っている。

 ラストシーンは新宿伊勢丹百貨店前の歩行者天国で2分半の長回し。セーラー服に赤い口紅、赤いハイヒールの薬師丸はさすがに恥ずかしかった。なかなか監督のOKがでないので泣きそうだったという。しかし後に彼女は「人前にさらけだす覚悟が必要であること、演じることの怖さを監督から教わった」と語っている。

 主題歌『夢の途中』でもひと悶着。最初、来生たかおがレコーディングまで終えていたが、相米監督が薬師丸に歌わせようと言い出し、角川に知らせず収録。これに姉で作詞の来生えつこが怒り移籍寸前に。結局どちらも発売することで決着。興行収入はこの年トップの47億円を記録した。 (望月苑巳)

 ■相米慎二(そうまい・しんじ) 1948年1月13日生まれ。72年、中央大学を中退し、契約助監督として日活撮影所に入所。長谷川和彦や曽根中生、寺山修司の元で主にロマンポルノの助監督を務めた。76年にフリー。80年、薬師丸ひろ子主演の『翔んだカップル』で映画監督デビューした。2001年9月9日、肺がんのため、53歳で死去。

zakzak

 


  1. 巨人・小林“謎の昇格”にナイン「いよいよトレードだ」と惜別 捕手を4人体制とした原監督の真意は
  2. 次の自民党総裁にふさわしいのは誰? 高市前総務相が衝撃の「81%」 菅首相の11・9%を7倍近く引き離す 夕刊フジ・zakzak緊急アンケート
  3. 高市氏の記者会見場で報道関係者怒鳴り声
  4. 内田理央のおっぱい写真にファン大興奮「一瞬ビビった」「萌え死んだ」
  5. コロナ、経済対策、外交…新総裁適任は? 識者に聞く