【色あせないハーモニー CSN&Yの時代】最悪だった「デジャ・ヴ」制作時 助っ人参加のニール・ヤングがエッジをもたらした - イザ!

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色あせないハーモニー CSN&Yの時代

最悪だった「デジャ・ヴ」制作時 助っ人参加のニール・ヤングがエッジをもたらした

 1969年5月にCS&N最初のアルバムが発表されてからわずか1年足らずに、マンソン事件やオルタモントの悲劇が起き、マスコミの風潮は一変して若者ヒッピー文化に汚名を着せようとしていた。

 「デヴィッド・クロスビーの恋人は交通事故で死亡、スティーヴン・スティルスの歌姫コリンズ(青い眼のジュディ!)とのロマンス、僕とジョニ・ミッチェルの仲も終止符、『デジャ・ヴ』制作時の3人は実は最悪だったんだよ」とグラハム・ナッシュは告白する。

 起死回生策としてレコード会社総帥、アーメット・アーティガンからもたらされたのがニール・ヤングの参加案だった。

 最初は懐疑的だったクロスビーは「俺たちになかった深さ、鋭いエッジをもたらしてくれた」と語る。ナッシュも世間一般のイメージとは真逆なユーモア、知性といったヤングの魅力にころり。

 70年代は、音楽的にはシンガー・ソングライターの時代、カリフォルニア・サウンドの時代、社会学的には「ミーイズム」、個人のエゴと欲望が肥大した時代だった。

 ヤングの『ヘルプレス』はカナダでの少年期をオマージュした自伝ソングの走り。影と光、孤独と希望が交錯する独特のボーカルと、エモーショナルでノスタルジックなメロディーは、ジャクソン・ブラウン、イーグルスにも影響を与えた。

 「ライヴ要員が必要で誘われたと思った」と自伝で回想したヤング。スティルスとのギタージャムでCS&Nに欠けていたロック・パワーに大きく寄与する一方、「僕らと同世代のファンが社会正義を求めて立ち上がったのに銃殺されるなんて!」とケント州立大銃撃事件に抗議。わずか数日で録音された『オハイオ』は彼らの最大のヒットとなり、ウッドストック世代の象徴となった。

 謎多き助っ人ヤングはグループのフロントマンになっていたのだ。

 4年ぶりに活動再開しロック商業主義化時代の幕開けとなったスタジアム・ツアーを行った74年はウォーターゲート事件でニクソン辞任を勝ち取りラヴ&ピース・パワーが輝いた最後の年。ツアーのラスト、ロンドンはウェンブリー・スタジアム公演での『ブラックバード』のハーモニーにはロンドン子たちも降参。

 これをピークと見たヤングは「ミーイズム」を貫き、2006年のイラク戦争に抗議する「デジャ・ヴ」ツアーまで3人とたもとを分かち、自分の旅路へと戻っていった。(ロックランナー・室矢憲治)

 ■CSN&Yの名盤『デジャ・ヴ~50th アニヴァーサリー・デラックス』(4CD+アナログレコード、完全生産限定盤)は6月2日、ライノ/ワーナーミュージック・ジャパンから発売。

 室矢氏は6月12日と19日に東京・自由が丘のアイランズカフェでトーク&映画上映「カリフォルニアの風」を開催。先着10人(問い合わせ03・5731・8618)。

zakzak

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