父子2代で五輪!江村美咲脱スポ根のフェンシング一家(1/3ページ) - イザ!

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父子2代で五輪!江村美咲脱スポ根のフェンシング一家

父子2代で五輪!江村美咲脱スポ根のフェンシング一家
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 フェンシング女子サーブルで、25日に東京五輪代表に決まった江村美咲(22)=立飛ホールディングス=は、1988年ソウル五輪男子フルーレ代表の宏二さん(60)を父に持ち、日本フェンシング界で初めて親子2代で五輪の舞台に立つ。日本初のプロフェンサーが、このほどサンケイスポーツの取材に応じ、スポーツ一家にありがちな根性論とはほど遠い脱スポ根生活を明かした。(取材構成・武田千怜)

 背中を追ったわけではない。熱血指導を受けたこともない。気が付いたら父と同じ道を歩んでいた。江村は両親ともに日本代表として世界の舞台で戦った2世フェンサー。父・宏二さんは1988年にソウル五輪の舞台に立った。フェンシング一家に育ち、幼い頃から英才教育を受けてきたのかと思いきや、そうではなかった。

 「『お父さんから教わったことは』とか、よく聞かれるんですが…。フェンシング一家という感じのエピソードがないんですよね。父がオリンピアンという意識もあまりなかった」

 物心つく前から、宏二さんが教えるフェンシング教室についていった。初めて剣を握ったのも「覚えていない」くらい幼い頃だが、漫画「巨人の星」のような父が子供を熱血指導するスポ根とは無縁。競技として「フェンシングをやる気はなかった」という。小3で、胴体部分のみを突くフルーレ選手として本格的に競技を始めたが、練習に向かう態度にはむらがあった。それでも「もっと頑張れ」などと両親にやらされることはなかった。

 「教え導くというよりは、自分から好きになって、もっとやりたい、もっと勝ちたいと思ってほしい。私や(フェンシング経験者の)妻のDNAもある。それを自分で生かしてほしい」。決して押し付けないのは、宏二さんの思いからだった。

 「家は休むところ」との考えで、宏二さんからフェンシングの話をすることは一切ない。室内に練習道具が設置されることもなかった。「負けたときに一番悔しいのは本人」と敗戦に怒ることもない。ただ、勝ったときには思いっきり褒めた。

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