阿蘇大橋崩落で息子亡くした両親 変わる景色、変わらぬ悲しみ

阿蘇大橋崩落で息子亡くした両親 変わる景色、変わらぬ悲しみ
阿蘇大橋崩落で息子亡くした両親 変わる景色、変わらぬ悲しみ
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 2度目の震度7を計測した熊本地震の「本震」から16日で5年。インフラや住宅の復旧は着実に進み、崩落した阿蘇大橋(熊本県南阿蘇村)も架け替えられた。「どんどん復興してほしい」。あの日、大橋付近で息子を失った両親は、変わりゆく景色にこう話す。復興はうれしい、でも-。今も変わらず、息子を思い続けている。(小泉一敏)

特別な場所

 本震で崩壊した阿蘇大橋の東側。割れたアスファルトを積み上げた簡易な祭壇がある。

 「5年は早かったような、長かったような気がする」。大学生だった大和晃(ひかる)さん=当時(22)=を失った父親の卓也さん(62)はこう語る。

 家族にとって、この場所は特別だ。大学4年生だった晃さんの通学路。晃さんは14日の前震で被災した熊本市内の友人宅を車で回って水や食料を届けた後、帰宅途中に大橋付近の崩落に乗用車ごと巻き込まれた。約4カ月後、大橋の下を流れる川の数百メートル下流で遺体が見つかるまで、家族は毎日のように通った。

 公的な捜索が打ち切られた後も、季節が変わり、日差しが強くなった後も。周辺を見渡せるこの場所からカメラの望遠レンズを使い、必死に痕跡を捜した。「家が大好きだった息子を、必ず連れて帰る」。その思いでいっぱいだった。

 この日午前1時25分。献花台前で真っ暗な谷底を見つめ、むせび泣く母、忍さん(53)の姿があった。じっと手を合わせていた卓也さんは5年前を思い、「橋に近づいてくる晃に『こっちに来るな』と心の中で叫びました」と声を震わせた。

 現場には今も1、2週間に1度は通い、花を供えたり、供えた水を入れ替えたりする。線香とともに、晃さんが好きだったたばこに火をつけ、そっと置く。

 現場には今も、乗用車の一部が残る。「何か分かることはないか」。いまだに現場を離れられない理由でもある。

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