リベラルが招いた悲劇、ウクライナ危機が提起する安全保障のジレンマ

既述の通り、そもそもロシアは歴史的に西欧諸国との間に緩衝地帯を必要としており、ウクライナのNATOへの加盟には何度も警告を発している。このような警告の後、ジョージアの例に見られる通り、可能であれば軍事力による干渉も辞さないのがロシアである。

だが、ロシアと国境を接するウクライナは、そうした厳しい軍事的環境にあるにもかかわらず、NATO諸国同様にリーマンショック以降、軍事費削減の流れに沿って陸軍の装備を大幅に削減した。NATO軍が域外に兵力を派遣するには加盟国の全会一致が必要で、ウクライナへの軍事的支援を受けられる見込みがないにもかかわらず軍縮が行われた。

もし、ウクライナがポーランドやエストニアのように2010年と同レベルの軍事力を保有していれば、ロシアは軍事介入できなかったであろう。ロシアはバルト三国が04年にNATOに加盟したときのように、ポーランドなどの加盟プロセスを含め、NATO諸国との歴然たる軍事的格差により介入が実行不可能な場合は、軍事力を行使しなかったからである。

このような観点からすると、理解できないのは、ロシアと直接国境を接し、NATO非加盟国であるウクライナが、10~15年に大幅に陸軍力指数を削減した後の対応である。

ウクライナ経済はロシアからの天然ガス供給問題や経済改革の停滞などによって極度に低迷しており、軍事力削減は無理からぬところではあった。また、ヴィクトル・ヤヌコビッチ政権が親露的であったからこそ、陸軍削減が可能だった。

逆にそういう意味で、陸軍の削減はクリミア危機時点での政府の責任でもない。しかしそれゆえに、軍事力の視点に立てばロシアとの対立は避けるべきであった。現に同じくNATO非加盟国であるベラルーシは、ロシアとの集団安全保障条約に加盟しつつ、ロシアへの併合は拒否するという外交スタンスを保っている。

ウクライナの政変で反政権デモ隊が拠点とした首都キエフの独立広場=2014年(遠藤良介撮影)

それに対し、オレンジ革命をはじめとしてウクライナは、民主化とNATOへの加盟を切望する政治勢力がしばしば政権を握っていた。このように、14年のウクライナ危機は、親ロシア派のヤヌコビッチ大統領が逃亡し、民主化とNATOへの加盟を望むオレクサンドル・トゥルチノフ暫定政権が成立したのをきっかけに始まったと見ることができる。

新政権成立時の14年初頭には、ウクライナの陸軍力指数は2010年の2分の1である88まで低下していた。その一方で、ウクライナと国境を接するロシアの西部軍管区の数値は111、南部軍管区は107であり、ウクライナの領土奪取やウクライナの政情不安定化を可能とするだけの軍事力があり、ロシア財政も原油価格高騰により潤沢であった。

意図に反した軍拡

したがって、東欧において軍事力を中心としたパワーの面でいわゆる力の真空が発生し、ロシアがジョージア侵攻を行ったこととあわせ考えれば、ロシアによるウクライナに対する武力行使の発生や国際システムの不安定化が起こるのは明らかであった。

トゥルチノフ暫定政権としては、当面ロシアと妥協しつつ、ウクライナ軍の支持を得て予備役を招集し、全土に非常事態を宣言してしばらく戦時体制を維持しながら選挙を行うのが現実的選択肢であった。しかし現実は、参謀総長すら欠いたままロシアのクリミア侵攻を迎えたのである。

このような結果を生んだ根本的原因は、主として米国の歴代政権が国際政治の現実を無視して、ウクライナの親西欧側勢力に何の軍事的裏付けもなく、民主化とNATO加盟の夢だけを与えたことにある。そして夢を与えられた側も国際政治の現実を見ないまま行動し、ロシアに付け入る隙を与えてしまった。

ロシアのウクライナ侵攻後、米陸軍は自ら企画し実施した図上演習を元にランド研究所に論文を作成させ、ロシアの能力を評価し、「ロシア軍は60時間でラトビア、エストニアの首都に到達しうる」とした結論を下した。

この論文は有力メディアや米欧州陸軍司令官などあちこちで引用され、ロシアの脅威が過大評価された。図上演習は、シナリオの設定次第で結論をいかようにも操作できる。つまり、将棋でわざと負けたのと同じである。

しかし、現実のロシアの軍事力はNATO軍を相手にするには小さすぎるのである。ロシアの西部軍管区は、ラトビアから大体1500キロの範囲に収まるが、その圏内にあるNATO軍の陸軍力指数合計は15年当時、西部軍管区の3倍であり、ポーランド一国で西部軍管区全体と同じぐらいの軍事力を有していた。

ラトビアから2千キロ圏内にはトルコが入るが、15年にはトルコ一国だけでロシア陸軍全体の約2倍近く強力な陸軍を保有していた。このようにランド研究所による研究ではヨーロッパの軍事バランスを全体として見る視点が全く欠落している。

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