「歴史法廷で罪を告白」細野豪志、原発事故10年目の覚悟

※オピニオンサイト「iRONNA」に掲載された論考です。肩書などは当時のものです。

細野豪志(衆院議員)

あれから今日で10年。原発事故を総理補佐官として官邸で経験し、事故後の対応にあたった記憶は今も鮮明だ。装甲車や消防車で埋め尽くされ、東京電力福島第1原発(以下「いちえふ」)への前線基地となったサッカーのナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町、広野町)が、サッカー場として、若者の集う場所としてよみがえる姿を当時は想像できなかった。

事故後すぐに、福島県の渡辺利綱大熊町長は「大川原地区を再生の拠点としたい」と言い切った。町長を勇退した渡辺氏は同町の自宅に戻り、大河原地区は原発事故収束の拠点として再生している。あのシビアな原発事故から10年、福島はよくここまで来たと思う。

他方、福島には残された重大な問題があるのもまた事実である。過日、歴史法廷で罪を自白する覚悟を持って「東電福島原発事故 自己調査報告」(徳間書店)を出版したのは、当時の責任者として、残された課題の解決策を示すためだ。拙著で対談した関係者らの発言を引用しながら原発事故を検証し、残された課題を明らかにしたい。


≪田中俊一・初代原子力規制委員会委員長≫

“ちょっと厳しい言い方ですけど、やっぱり科学的な裏付けについては専門家がもっときちっとしたことを言わなきゃいけないと思うし、当時も私は、保健物理学会とか原子力学会が大事な時に何も言わない、役目を果たさないことに随分文句を言ったんです。やっぱり、いざという時に科学者が社会的責任を果たせないようじゃダメですよ。”「東電福島原発事故 自己調査報告」、除染基準を年間1ミリシーベルト以下としたことが誤解を招いたことについて

≪近藤駿介・元原子力委員会委員長≫

“総理官邸に呼ばれて、菅直人総理から「最悪のシナリオ」を作成できないか、と言われたのはその最中でした。私は反射的に、「今起きていることが最悪ですよ」と申し上げたんですが、当時起きていたこと以外にも心配なことがなかったわけではないし、本間氏に解析の準備はお願いしてあったから、「1週間くださるならやってみましょう」と申し上げて退出したのです。”同書より。建屋で爆発が確認された後のことを振り返って。文中の本間氏は日本原子力研究開発機構の本間俊充氏


原発事故の対応にあたった専門家の中で、いち早く原発の専門家として国民に謝罪し自ら除染に取り組んだ田中俊一氏と、リスクをとって原発事故による「最悪のシナリオ」を作成した近藤駿介氏のリーダーシップは突出していた。

危機管理において登用されるべき専門家には、虚栄心がなく重要な判断から逃げない胆力、そして行政組織を動かすマネジメント能力が欠かせない。新型コロナウイルスという新たな危機に直面し、危機管理に対応できる専門家の育成は今なお残る国家的課題だ。


≪磯部晃一・第37代東部方面総監、陸将≫

“細野 原発事故でものすごく大きなダメージではあったんだけれど、日本として事故に対応できたから良かったのであって、本当にできていなければ、国家として半ば崩壊していた……。

磯部 原発がコントロールできていないとすると、瀬戸際だったかもしれませんね。

細野 そうすると、米国は次に様々なことを考えた可能性はありますね。

磯部 当然考えていたと思います。

細野 考えざるを得なかったと言えるかもしれない。

磯部 米軍は常に最悪のことを全て考えていたのだと思います。”同書より。原発事故直後の日米同盟連携について

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