巨人・坂本、亡き友の闘病支えた1447安打&天へ届けた553安打!

 長い闘病を支えたのは友の活躍だった。入院中の耕一郎さんの日課は、スポーツ新聞とテレビでの巨人戦のチェック。「病室に行ったら『勇人、調子ええで!』って、うれしそうに言ってくるんです。その顔を見るたびに、僕ら家族は勇人に感謝していました」と耕治さんは振り返る。

 発症から9年が過ぎた17年4月9日、坂本の姿は大阪府内の病院にあった。その10日前、耕一郎さんが余命2、3週間の宣告を受けたことを聞いた坂本は、阪神戦(甲子園)が中止となったことを受け、許可をもらってチームを離脱。高校の同級生たちとサプライズで病院を訪問したのだ。

 病室に足を踏み入れると、既に話すこともままならなかった耕一郎さんから「おぉ! 勇人」と声が上がった。坂本は、その左手を両手で握りしめた。高橋監督(当時)、阿部、村田、長野らのサインが入った背番号6のユニホームを渡し、一緒に写真を撮った。それから1カ月後の5月9日。耕一郎さんは静かに息を引き取った。

 翌10日、通夜に参列していた同級生の東谷優さんに、坂本は東京ドームから電話で告げた。

 「試合があるから行けない。みんなに『試合の結果を見ておいて』と伝えて。俺、打つから」

 その夜に放った2本塁打は亡き友への手向け。お立ち台で目を潤ませた理由を本人は当時も今も明かさないが、斎場は涙と拍手に包まれた。そして、坂本がその通夜で送った弔電は、こう締めくくられている。

 「お前の分まで野球を頑張るので応援していて。耕一郎に出会えて本当に良かった」

 友が生涯を終えた日までに放った安打は1447本。全てが耕一郎さんの力になった。坂本も耕一郎さんから力をもらい、2000安打の節目にたどり着いた。

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