明治維新から昭和 戦時下の日本、「改革」の名のもとで共産主義化の危機(1/2ページ) - イザ!

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明治維新から昭和 戦時下の日本、「改革」の名のもとで共産主義化の危機

明治天皇
明治天皇

【「日本書紀」から現代へ 歴史と改革】

 日本の3つの「時代の節目となる『新』の字がついた大きな出来事」の最後が、「明治維新」である。近代化して欧米列強が壟断(ろうだん)する国際社会を生き抜くための大改革であると同時に、土台にあったのが「王政復古」である。

 第122代明治天皇は明治元(1868)年の東京奠都(てんと)に臨んで、東京の所在する武蔵国の一宮(いちのみや)である氷川神社(現・さいたま市大宮区)に御親拝のうえ、「中世以降、政道漸ク衰エテ、祀典挙ラズ。遂ニ綱紀ノ不振ヲ馴致セリ。(中略)新ニ東京ヲ置キ、親臨シテ政ヲ視将ニ先ズ祀典ヲ興シ、綱紀ヲ張リ、以テ祭政一致ノ道ヲ復サントス」と勅書を出した。

 日清・日露戦争で国力的劣勢を覆して勝利できたことについては、戦没者・殉難者を英霊としてお祀りすることを含め、国体=国のかたちを守った先人たちを崇敬する神道的精神を幕末以来取り戻していたことも背景として見逃せない。

 第一次世界大戦中のロシア革命に引き続き、大正8(1919)年には共産主義政党の国際組織として世界革命を目指すコミンテルンが創設され、日本共産党も支部として設立された。その後、非合法化された共産党に替わった無産政党(合法的社会主義政党)の幹部には、東京帝国大学(現・東京大学)を中心に結成されたメンバーが多数含まれていた。

 中には治安維持法で検挙された者も少なくなかったが、のち近衛文麿政権のブレーン「昭和研究会」の中枢へ潜り込んだ者もいる。顕著な例が、元朝日新聞記者で、内閣嘱託として国策に関与し、リヒャルト・ゾルゲのスパイ団一味であることが露見し処刑された尾崎秀実(ほつみ)である。

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