石の台座に置かれたひつぎ 宙に浮く蒋介石父子の埋葬の地

台湾各地にあった蒋介石の像が集められている慈湖記念彫像公園=北西部・桃園市大渓
台湾各地にあった蒋介石の像が集められている慈湖記念彫像公園=北西部・桃園市大渓

 台湾の李登輝元総統の遺骨は7日、台北市郊外の「五指山軍人公墓」に埋葬された。しかし、李氏の前任者で1988年に死去した蒋経国と、その父で75年に死去した蒋介石の2人の元総統の遺体は、いまだに防腐処理をされ北西部・桃園市内に臨時安置されており、埋葬は実現していない。2人は生前、故郷の中国浙江省での埋葬を希望していたが、中国との政治的な対立が続き宙に浮いたままになっている。(桃園 矢板明夫)

 台北市から南西へ車で約1時間、風光明媚(めいび)な桃園市大渓には蒋介石、経国父子が眠る「慈湖陵寝」がある。蒋介石は生前、周囲の風景が浙江省の生家付近に似ていることから、この地を愛し執務室を設置。1975年の死去後はひつぎを置く安置所となった。その13年後に死去した経国の遺体も、父と同じ建物に安置された。ひつぎは石の台座に置かれ、台湾の地には着いていない。

 49年、中国共産党との内戦に敗れ台湾に逃れた2人は、中国大陸を武力で奪還する「大陸反攻」を掲げた。国際情勢の変化を受けその選択肢は断念したものの、2人は故郷に戻ることを夢見ていたため、台湾で正規の墓を作らなかった。

 関係者によると、中台関係が良好だった中国国民党の馬英九政権期(2008~16年)に、中国当局が浙江省で父子の埋葬を受け入れる姿勢を示した。だが、中国の台湾統一工作に利用されることを警戒した遺族が難色を示し、実現しなかった。

 現在の慈湖陵寝は観光地となっている。衛兵が1時間ごとに行う交代の儀式は、観光客向けのショーでもある。昨年までは中国からの観光客を乗せた大型バスが駐車場を満員にしていたが、最近の中台関係の悪化とコロナ禍で姿を消した。土産店を経営する男性は「蒋介石をわざわざ見にくる台湾人は減る一方だ。中国人観光客が来ないと商売にならない」と嘆いた。

 「慈湖陵寝」のそばには記念彫像公園があり、中には約200体の蒋介石の像が並べられている。一党独裁時代、台湾各地の公園や学校、行政機関などに設置されたものだが、民主化実現後に相次いで撤去され、集められたものだ。3メートル以上の全身像もあれば、数十センチの胸像もある。騎馬像や、手を振る像、カラフルなものからまったく似ていないものまである。公園を見渡すと、戦後台湾の蒋介石への個人崇拝ぶりを実感することができる。

 蒋介石父子の遺体安置所について、地元住民の中には「あってもよい」と話す人もいれば「税金の無駄遣いだ」と反対する人もいる。18年2月、「台湾独立」を掲げる団体の関係者が蒋介石の遺体を納めたひつぎに赤色のペンキをかける事件が起きた。犯人グループは声明で「権威主義を徹底的に排除し、台湾の資源を使って独裁者をまつることをやめるべきだ」と訴えた。インターネットには、この声明を支持する書き込みが少なくない。