肉道場入門! 絶品必食編
なんと潔いから揚げだろう。この店のから揚げは一般的なから揚げとは一線を画している。
表の立て看板には「醤油だけでなぜこんなにうまいのか」とあるように、醤油だけで味をつけているのだ。
から揚げには、店の数だけ味がある。味つけだけ考えても、醤油や塩にカレー味など無限にあるし、その他、にんにくやしょうがなども味わいを決定づける要素となる。
しかしこの店のから揚げはそうした一切の要素を排除して「醤油だけ」で味を組み立てている。にんにくや、しょうがはおろか、酒やみりんなどその他の調味料も使われていない。
その醤油も、明治39(1906)年創業の超老舗、広島県の川中醤油のみと、どこまでも潔いから揚げなのだ。
黄金色に揚げられた一片を箸でつまんで口に放り込む。いまにも音を立てそうな衣からくっきりした川中醤油の香りが立ち上る。
心地いい衣の食感を超えて、弾むような弾力の肉質にサクッと歯を入れたときのなんと気持ちいいことか。
染み出す肉汁も世の中によくある、下品な油まみれの肉汁ではない。
白い鶏肉の肉繊維の間から醤油がかすかに香る肉のジュースが絞り出され、から揚げの味わいをより重層的なものに高めてくれる。
醤油のみというシンプルな味の構成だからこそ、鶏と醤油と衣というそれぞれの要素の味がよくわかるのだ。
そして心憎いのが脇に添えられたカットレモンである。瀬戸内は高根島から取り寄せた完全無農薬栽培のもの。
そのまま食べられるほど、やさしい瀬戸内レモンの酸味と豊かな果実味が、潔いから揚げにぴたりと合う。
それだけでは物足りないという人も心配はいらない。ほんの少しの有料にはなるが、柚子胡椒やマヨネーズ、カレー粉といったバラエティーに富んだトッピングが味を無限に変化させてくれる。
ベースがシンプルだからこそ、味変が力を発揮する。
シンプルを貫くか、多彩な味わいを楽しむか。店の名前は「神楽坂からあげ製造所」(東京都新宿区)。最寄り駅は飯田橋である。
■松浦達也(まつうら・たつや)
編集者/ライター。レシピから外食まで肉事情に詳しく、専門誌での執筆やテレビなどで活躍。「東京最高のレストラン」(ぴあ刊)審査員。