ケント・ギルバート手記「悲惨な過去を超越した昭和天皇の大御心」(1/2ページ) - イザ!

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ケント・ギルバート手記「悲惨な過去を超越した昭和天皇の大御心」

※オピニオンサイト「iRONNA」に掲載された論考です。肩書などは当時のものです。

ケント・ギルバート(米カリフォルニア州弁護士、タレント)

私のような外国人にとって、天皇はとても分かりにくい存在です。その理由は、天皇というものが世界の中で極めて特殊で、昔も今も日本にしかない唯一無二の存在だからです。

むろん天皇はローマ教皇とも、欧州の王室とも違います。歴代中華王朝の皇帝や、世襲の独裁者とも違います。比較対象として、他に類推する存在がないのです。

ようやく「なるほど、そういうことだったのか!」とかなり理解が進んだと実感できるようになったのは、実はここ数年の話です。日本語や日本文化について、大学でいくら幅広く勉強していても、天皇について深く考察することはありませんでした。天皇が日本という国の中心であり、大黒柱のはずなのに、ポッカリ空白のままだったのです。

天皇について、なかなか理解できない米国人ですが、過去に一度、天皇の大御心(おおみこころ)に直接触れる機会がありました。そのことについて触れておきましょう。

昭和50(1975)年9月、昭和天皇と香淳皇后両陛下が戦後初めて米国を公式訪問なされました。当時、天皇に対する米国民の感情は、決して良好とは言えませんでした。

戦後30年たっても米国民はパールハーバーを忘れてはおらず、天皇の戦争責任を問う声は今よりもはるかに大きなものでした。そんな厳しい世論の中、昭和天皇はホワイトハウスでのフォード大統領夫妻が主催した歓迎晩餐(ばんさん)会で、次のようなお言葉を述べられたのです。

“私たちは、ウィリアムズバーグで、貴国訪問の旅の第一夜を過ごしました。建国当時の面影を今に伝える、かの地の美しい街並みと、落ち着いた風情に触れて、旅の疲れを十分に癒すことができました。今宵、この歴史的なホワイトハウスで、閣下と席をともにしておりますと、貴国の建国当時のことに想いがめぐります。(中略)私は多年、貴国訪問を念願にしておりましたが、もしそのことが叶(かな)えられた時には、次のことを是非(ぜひ)貴国民にお伝えしたいと思っておりました。と申しますのは、私が深く悲しみとする、あの不幸な戦争の直後、貴国が、我が国の再建のために、温かい好意と援助の手をさし延べられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べることでありました。当時を知らない新しい世代が、今日、日米それぞれの社会において過半数を占めようとしております。しかし、たとえ今後、時代は移り変わろうとも、この貴国民の寛容と善意とは、日本国民の間に、永く語り継がれていくものと信じます。”(高橋紘『昭和天皇発言録』小学館)

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