太宰治の献呈本見つかる 芥川賞への執着? 文芸春秋の佐佐木茂索に

太宰治の献呈本見つかる 芥川賞への執着? 文芸春秋の佐佐木茂索に
太宰治の献呈本見つかる 芥川賞への執着? 文芸春秋の佐佐木茂索に
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作家の太宰治(1909~1948年)が、芥川賞・直木賞の創設に関わり文芸春秋新社社長も務めた佐佐木茂索(1894~1966年)に宛てた直筆の献辞入りの単行本が見つかった。太宰が20代で出した初の創作集「晩年」で、当時の文壇での交流の様子を伝える貴重な資料。27日から山梨県立文学館で開催される「太宰治 生誕110年-作家をめぐる物語」展で初公開される。

献辞は、昭和11年6月に砂子屋書房から刊行された「晩年」の初版本の見返し部分にインクで書かれていた。同文学館が個人が所蔵しているのを確認し、公開の運びとなった。

佐佐木茂索が大正15年に文芸誌に発表した短編「竹植えて」に絡めて「『竹植ゑて。』の作者へ」と明記。その上で、「朝、床の中、タオルで足を拭ふこと、当時、われ、中学生、よき妻むかへ、われも、と、ははは、いまは? 答えて、may be」と英語交じりのくだけた文章がつづられている。

「晩年」の献呈本はこれまでもいくつか見つかっている。ただ、献辞は当事者にしか分からない皮肉やユーモアを含んだ趣向を凝らした文面が多く、今回は「とくに意味をつかみがたい」(同文学館)という。

佐佐木は太宰があこがれていた芥川龍之介に師事した作家で、その後、文芸春秋に入社し編集・出版業に専念。昭和10年には菊池寛とともに芥川賞・直木賞を創設し両賞の選考委員も務めた。21年には新たに発足した文芸春秋新社の社長に就任している。

太宰は10年に「晩年」にも収められた「逆行」で第1回芥川賞の候補となったが落選。その後、選考委員だった作家の佐藤春夫に芥川賞を懇願する手紙を送ったことが知られている。

山梨県立文学館の保坂雅子学芸課長は「太宰と佐佐木の交流はこれまであまり知られていない。献辞が書かれたのは太宰が芥川賞に執着していた時期にあたり、賞とゆかりの深い佐佐木に何らかの思いを伝えたかったのかもしれない」と話している。

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