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「小池は飛行機事故で死んだと思ってください」。東京都の小池百合子知事(65)は、平成4年にキャスターから政治家に転身する際、テレビ局の幹部にこう語ったという。いきなり大きな決断をして、手品のように目の前から姿を消す。小池氏が11月14日に希望の党の代表を辞任したのは、その本質が変わっていない証左だ。次々と新機軸を打ち出す行動力は、裏を返せば「投げ出し」批判の対象にもなる。小池氏の「政治史」を振り返る。
黎明期
小池氏は4年の参院選で日本新党で初当選した。候補者として白羽の矢が立った最大の理由はキャスターとしての知名度だった。中東への留学を経てアラビア語の通訳をしていたところ、テレビ局幹部を通じて政治評論家の竹村健一氏(87)と知り合った。その縁で、昭和54年に日本テレビ系「竹村健一の世相講談」のアシスタントとしてキャスターデビューを果たした。
政治家とのつながりは、当時からあった。自民党ベテラン議員が振り返る。
「静岡・熱海のホテルで政治家や役人を集めた竹村氏の会合があり、すごい美女がお酌をしてくれたことを、はっきりと覚えている。それが小池さんだった。竹村氏を通じて人脈を広げていた」