建物の周囲にめぐらされた要塞を思わせる高塀はメキシコ中部を襲ったマグニチュード(M)7・1の地震でもびくともしなかった。メキシコ市にあるトロツキー博物館で受付の女性に聞くと、「何も問題なかったわよ」と笑った。
ロシア革命の指導者の一人、トロツキー(1879〜1940年)が晩年の1年間を過ごした家がそのまま博物館になっている。ソ連から国外追放された後、各国を流浪した末にメキシコにたどりついていたトロツキーを暗殺したのは、政敵の粛清を続けるスターリンが放った刺客とされる。高塀はその3カ月前にあった銃撃を受けて設けられた。
トロツキーの頭にピッケルが振り下ろされた書斎も残されている。穏やかな光が注ぎ込む部屋と暗殺の凄惨(せいさん)さがどうしても結び付かない。地震で生き埋めになったとされた架空の少女の「フリーダ」という名も、トロツキーが不倫関係にあったメキシコを代表する画家フリーダ・カーロから取られたのではないかと勝手に想像した。
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の兄、正男(ジョンナム)氏の暗殺を例に引くまでもなく、自らの権力のため手段を選ばない国家指導者は後を絶たない。震災取材を終えてワシントンに帰る前のひととき、地球の裏側まで刺客を送る独裁者の残虐さに思いをはせた。(加納宏幸)