鉄道の力 阪神ファンを「神業」輸送…阪神電車の配慮と工夫

乗り継ぎで、普通電車の車内を通り抜け、隣のホームの電車に向かう乗客 =兵庫県尼崎市の阪神尼崎駅 (永田直也撮影)
阪神尼崎駅

 関西の私鉄はそれぞれが独自のカラーを誇っている。例えば、細やかな気配りやサービス、鉄道事業者なのに鉄道に頼らない経営方針…。長い年月をかけて培われた底力がそれぞれの強みを生み出している。

 プロ野球の阪神と巨人の試合が行われた4月8日の甲子園球場(兵庫県西宮市)のスタンド席への出入り口に、甲子園駅長、藤森義一さん(49)の姿があった。球場全体を見渡し、「外野席」「内野席一塁側・三塁側」などと記された手元の紙に、目視で数字を書き込んでいく。

 プロ野球のシーズン中、試合開始前のスタンドに足を運ぶのは藤森さんの日課だ。甲子園駅長には、試合開催日に、駅近くに待機している電車を臨時特急としていつ運行するか、という特別な権限が与えられている。

 営業キロ50キロ足らずの阪神電車にとって、ほぼ甲子園球場を埋める阪神ファンの輸送は命綱だ。臨時特急をタイミングよく運行するためには、試合の流れや観客の動きを把握する必要がある。藤森さんは言う。

 「試合開始前には必ず球場に足を運んで目視で観客数を確認します。前売りと当日の入場者数ではどうしても差が出るからです」

 目視の後はすぐに駅に戻り、テレビで戦況を見守る。机の上には、碁盤目に赤や黒の斜め線が引かれ、網の目を通すように何本もの茶色の線が書かれているダイヤの紙。大差がついていれば午後9時台から、阪神が勝てば遅めの時間帯を想定し、指令(大阪市)に臨時特急の運行を伝える。運行数は最大約10本になるという。

 「チームの状態や選手の特徴などの情報も重要。試合の盛り上がりやファンの興奮度を想定して、駅の混乱を避けるんです」

 試合後は「手配師」と呼ばれる補佐役の社員3人らとともに、スムーズな乗客誘導に努める。こうした運行はプロ野球だけでなく、春夏の高校野球でも行われることがあるという。

 かゆいところに手が届くようなきめ細やかな配慮は阪神電車の最大の武器だ。

 とくに加速・減速に優れた「ジェットカー」は阪神電車の代名詞。車両の機能に加え、接続のよさやダイヤの工夫によって成し得た「待たずに乗れる阪神電車」は今も続く魅力でもある。

 阪神電車の梅田-神戸三宮間の駅数は32駅で、競合する阪急神戸線(16駅)、JR東海道線(15駅)の2倍。駅間が短い阪神にとって素早い加速・減速は、他社とのスピード差を埋めるために必要な技術だ。

 昭和33年に登場した普通用大型高性能車両の通称「ジェットカー」は「ジェット機に匹敵するぐらいの加速減速の良さ」と例えられるほど。近鉄のラビットカーに次ぐ高加速・高減速車両で、阪神はジェットカーの導入で普通列車の梅田-三宮間の所要時間を約15分短縮させた。

 平成27年に投入された13代目5700系は、加速が1秒あたり時速4キロ、減速は1秒あたり時速4・5キロと、現行の車両で全国トップの性能を誇っている。

 スピードアップのための工夫は、ダイヤや運行方法にもあらわれている。

 大正9年、「綺麗(きれい)で早うてガラアキで」をキャッチコピーに阪急神戸線が開通し、梅田-上筒井(神戸)間を50分で運行を始めた。一方の阪神は先行して明治38年に開業していたものの大阪-神戸間は当時60分かかったため、4分ごとに急行や特急、普通を運行させる「頻発運転」で対抗した。

 尼崎駅(兵庫県尼崎市)での乗り継ぎは、そうした阪神らしさが存分に発揮されている。特急待ちの普通電車の両側の扉を開けて通り抜けられるようにし、なんば線と本線との乗り継ぎをいったん階段を下りて再び上るという手間なくできるようにしている。

 きめ細やかな配慮と、創意工夫で対抗していく伝統は今も続いている。

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