〈手にとらばわが手にをりて啼きもせむそこの小鳥を手にも取らうよ〉
〈わかきどちをみな子さわぎ出(い)でゆきしあとの湯槽(ゆぶね)にわれと嫗(おうな)ばかり〉
〈馬の糞(ふん)ひろひながらにこの爺(をじ)のなにか思ふらしひとりごと云ふ〉
山の樹木や小鳥に対し人に語りかけるように言葉をかけ、旅の道中で会った人びとに強い親しみの情を見せている。牧水は名所旧跡と言われるところはほとんど旅していない。対談で堺雅人は「名所旧跡を巡る旅もいいけど、ただ山が見たい、ただ温泉に入りたいというだけの旅もいい」と言ったが、牧水はまさに普通の山を見、普通の温泉に入って喜べる自足の心をもった歌人だった。
牧水の歌や紀行文を読むと、日本人の原型を見るような気がする。自然を敬い、他者に礼節を失うことのなかった日本人の庶民の生き方である。野鳥研究家で牧水の友人だった中西悟堂は昭和3年の牧水の追悼文で牧水の笑顔がとりわけ好きで、「あの南国の顔は僕ににこにこと笑ひかけてゐるやうな気がする」と書いたが、それは自然と人間に対し親和の情をつねに持っていたことの自ずからの表情だったのだ。
今年もまた、社会にとっても個人にとっても厳しく苦しいことが予想される。だからこそ、われわれの祖先が大切にした親愛の情とニコニコの笑顔を忘れない世の中であれ。
文・伊藤一彦(歌人)
=連載「新・仕事の周辺」から