正論

沖縄の「争い」を喜ぶのは誰か 拓殖大学特任教授・森本敏

 19年前の1996年4月、日米間で普天間基地返還を合意したのは、当時の沖縄がそれを最優先として要望したからである。それから代替施設の場所が検討され、岸本建男市長(当時)が名護市辺野古に受け入れを容認するという苦渋の決断を表明したのは99年末のことである。

 その後、2006年に日米間で合意されたV字型施設に基づいて協議が行われ、環境影響評価も実施された。鳩山由紀夫政権になって手続きは一時、停滞したが、13年12月に仲井真弘多前知事が代替施設工事を承認するまで一貫して手続きはすべて法律に基づいて行われている。

 ≪あらゆる議論が尽くされた≫

 その手続きについて沖縄県職員を含め法的な瑕疵(かし)があったとは思えない。県職員の合法的手続きに従って行われた検討作業の結果をふまえて前県知事が工事を承認した際、県知事の承認のみに法的瑕疵があったとも考えにくい。

 その間、普天間基地問題はあらゆる議論が尽くされ結論を得たのである。政府は沖縄の意見にも十分、耳を傾けてその実現にできる限りの努力を行ってきた。翁長雄志知事は賛成だった時期もある。

  1. ウイグル人元収容女性、性的暴行や虐待の実態を証言

  2. “異常判断”連発の韓国司法 いわゆる「元徴用工訴訟」で国際ルール無視…文大統領が恐れる日本の報復 松木氏「甘えた判断は世界に恥をさらす」

  3. 「オミクロン株」習主席の野望粉砕か アフリカで変異発生…「ワクチン外交」が裏目に 「外交的ボイコット」に拍車、北京五輪に暗雲

  4. 【年のはじめに】中国共産党をもう助けるな 論説委員長・乾正人

  5. 愛子さまご成年 3種類のドレスご着用、「ティアラ」で正装も