〈3月の全日本競歩能美大会。男子20キロで世界新記録が誕生した。1時間16分36秒。快挙を成し遂げたのは富士通で指導する鈴木雄介選手だった〉
出来すぎというのが率直な感想ですね。本人も1時間18分を切れればという想定だったと思います。鈴木に関しては彼が中学生の時にすでに見ていて、地に足が吸い付くようなすごい歩きだなと。非常に足の回転が速いという印象でした。頑固で人の意見を聞かない部分もありますが、それは「自分を持っている」ということだから良いと思うんです。彼は自分の経験や勘を大事にしながら競技をやっています。
一方で、私が一番大事にしているのは「期分け」です。体の準備、鍛錬、試合、回復、この4つの流れを作っています。あとはセルフケアですね。ストレッチや体幹トレーニング。体のバランス、筋肉の状態、関節の可動域を知ること。そういう意識付けで取り組んでいます。競歩はちょっとした腕の振り、頭の揺れが足の運びや歩型に非常に影響してくるので、バランスの崩れを防ぐ意味もあります。
セルフケアの重要性は現役時代から感じていました。メキシコなど海外合宿が多かったのですが、トレーナーはいませんでしたし、付けられても費用は自己負担なので長く帯同してもらえません。メキシコ人の仲間に食事代を払ったり、日本から持参したシューズをあげたりして練習場所に連れて行ってもらって給水などサポートしてもらいました。1回、50ドルぐらいでしたかね。研鑽(けんさん)の費用だと思っていましたが、そういうことないですよね、今は。
〈北京で8月に行われる世界選手権でも日本競歩初のメダル獲得へ期待は大きい〉
鈴木も緊張することはあります。ただ、2月の日本選手権は少し眠れなかったとか、起床時やレース時の脈拍が高いとか負の要素がありながら自己記録を出せたので、ある程度、コンディションさえ持っていければ結果は出るんじゃないかな。「世界の金メダル」という目的はぶれさせず、狙った大会でパフォーマンスを発揮することが課題だと思います。(聞き手 宝田将志)
今村文男
いまむら・ふみお 1966(昭和41)年11月5日、千葉県柏市生まれ。千葉・八千代松陰高、東洋大などを経て、91年に富士通入社。50キロ競歩で五輪2大会、世界選手権7大会に出場。97年、アテネ世界選手権で6位入賞。日本選手権は97年からの7連覇を含め計9度制覇。91年、米国サンノゼのワールドカップ競歩で日本人として初めて4時間を突破するなど日本記録を6度更新した。自己記録は3時間49分38秒。トラック種目の5万メートル競歩の4時間7分24秒7は現在も日本記録。2004年から同社コーチ。日本陸連競歩部長。家族は妻と2男。