歴史戦 第10部・終わらぬプロパガンダ

(1)南京攻略戦「日記」生々しく 兵の記述に「大虐殺」片鱗なし

【歴史戦 第10部・終わらぬプロパガンダ(1)】南京攻略戦「日記」生々しく 兵の記述に「大虐殺」片鱗なし
【歴史戦 第10部・終わらぬプロパガンダ(1)】南京攻略戦「日記」生々しく 兵の記述に「大虐殺」片鱗なし
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《毎日十里(約40キロ)余り歩いて、毎朝腰が上がらない。(中略)南京が近くなったので毎日、友軍機は飛び、攻略戦に早く参加すべく兵の士気があがった》

古い手帳につづられた文面から、昭和12年初冬、当時の中華民国の首都、南京攻略に向かう日本軍将兵らの息づかいが聞こえてくる。

「父が南京攻略戦に参加したと知っていたら、聞きたいこともあったんですが」。関東在住の西山邦夫(78)が、父、源次郎の遺品を手に語った。源次郎は平成5年、87歳で死去。18年に母も亡くなり遺品を整理中、源次郎の日記や作戦図などを見つけた。

陸軍少尉だった源次郎は、帝国生命(現朝日生命保険)に勤務していた昭和12年9月に召集され、陸軍第114師団歩兵第115連隊の小隊長として南京攻略戦に加わった。

同年12月10日に始まった南京総攻撃。作戦行動中のためか、当時の日記は同月13日までの出来事が日々1~2行、鉛筆で簡潔に記されているだけだ。後に当時の様子を詳細な手記にまとめており、その文面は戦闘の激しさを伝えている。

《南京南方六里(約24キロ)の秣陵関に到着した。南京城は火災を起こして紅(あか)く夜空を染め、砲声も聞こえる。秣陵関を出発すると、野戦病院が仮設されており、多くの将兵が収容されていた。第三大隊だけで三百名が戦死傷した》

源次郎らは南京城の南側にある雨花門から迫る。《猛進を続け、吾々(われわれ)のいた壕にも敵弾が盛んに飛んでくる。ここからクリークを渡ると、城壁まで三百米(メートル)、城壁の高さは二十米あり、千二百発の砲弾で城壁を崩し、西山隊も十二日夜城壁をよじ登って突入した》

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