家康改葬(4)

地形把握も兼ねていたタカ狩り 遷霊行列は神奈川・平塚と東京・府中で「御殿」に宿泊

 徳川家康の死後、日光や久能山を筆頭として全国各地に東照大権現をまつる東照宮が造営された。廃絶されたものも含めて大小700カ所近くが確認されているが、将軍家や譜代大名ゆかりの地はもとより、生前の家康が立ち寄った土地に建てられたものも多い。

 代表的なのが、「御殿」と呼ばれる休憩・宿泊施設だ。タカ狩りを好んだ家康は、各地にその際に立ち寄る御殿を造らせていた。

 小田原を出た遷霊の行列が次に宿泊した中原(神奈川県平塚市)と府中(東京都府中市)での滞在先も、「タカ狩り御殿」だ。中でも、現在のJR府中本町駅の隣にあった「府中御殿」は、近くを多摩川が流れ、富士山が見渡せる高台の景勝地だったという。

 「府中」の地名が示すとおり、この場所には奈良時代、武蔵国司の館があった。御殿は天正18(1590)年に造営。奥州征伐から帰った豊臣秀吉を迎えるために造ったとの説もある。家康、秀忠、家光の3代にわたり使用されたが、正保3(1646)年の大火で焼失。その後は再建されず、いつしか原野となっていた。

 平成20年から始まった本格的な発掘調査で国司の館とみられる遺構が見つかり、区域一帯が国史跡に指定された。22年には、江戸時代前期に将軍家のみが使った家紋「三葉葵紋」が入った鬼瓦の破片も出土。家康御殿の存在も改めて裏付けられた。

 府中市ふるさと文化財課の江口桂課長(48)は「家康のタカ狩りは、趣味を楽しむほかに、地形を把握するという軍事演習の側面もあった。挨拶に来た地域の有力者を品定めしていたという話もある」と指摘する。支配地域の基盤固めにも一役買っていたようだ。

 地元では現在、国府跡と御殿跡という貴重な歴史遺産を活用しようという動きが進んでいる。府中市は周辺の用地計約7900平方メートルを取得。今年度中に基本設計がまとまる見通しだ。

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