■「死んで当然」インターネットの中傷
将太さんは姉、兄の下の末っ子。敏さんは「リビングで家族に何でもおしゃべりする。ひょうきんで周囲を楽しませる子だった」と振り返り、「将太がいなくなり、家から灯が消えたようになった」と話す。
深夜に起きた事件だったにもかかわらず、翌朝には堤さんの名前や写真が新聞やテレビで報じられた。悲報に沈む自宅には大勢の報道陣が押し寄せた。悲しみが癒えないなか、「今のお気持ちを一言」と突撃されたこともあった。
さらにインターネット上の中傷にも苦しめられた。夏休み中に茶髪にしていたことを挙げて「不良」のレッテルを貼り、将太さんのブログに「死んで当然」と投稿されたこともあった。
進展をみせない捜査、悲しみに沈む遺族の心をえぐるマスコミやインターネット。心をかきむしられる遺族にとって唯一の救いは、将太さんが生まれ育った地元にいる同級生ら友人たちの存在だった。
事件翌日、将太さんに最後の別れを告げようと、自宅に300人以上の同級生らが訪れ、長蛇の列を作った。敏さんに思い出話を語ってくれる友人もいた。
けんかを仲裁した話や公園の木に登った話。携帯電話で友人が撮影した動画も残っていた。友人たちの心の中で生きる息子の姿に、敏さんは慰められた。
将太さんのブログも幾度となく読んだという。
「息子が一番辛かったはずの殺されたときのことを知らない。せめて生きていたときのことは、親に見せなかった面も含めて全部知っておいてやりたい」と思ったからだ。