では誰が龍馬を。いなくなって最も利するのは、無血倒幕を考えていた龍馬に対して武力倒幕を考えていた桂小五郎を中心とする長州藩だろう。
売り込んだ武器が使われなければ掛け金が回収できないトーマス・グラバーが両藩を裏で扇動したとの説もある。現に大戦争に発展しなかったため後年、グラバー商会は倒産する。
さらに大政奉還の手柄を独り占めにしたい土佐・後藤象二郎の説も。
事件後、龍馬と中岡慎太郎は霊明神社の墓地(現在の京都霊山護国神社)に埋葬される。東山の高台にある墓からは京都市街地が一望でき、150年経た今も人々の営みを静かに見守っている。
(園田和洋)