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好きな音楽、TPO問わず“独り占め” 携帯音楽プレーヤーが世界の景色一変

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好きな音楽、TPO問わず“独り占め” 携帯音楽プレーヤーが世界の景色一変

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初代ウォークマンの報道向け発表会で、ソニーは新しいライフスタイルを提案するため、自転車やスケートボードを使ったデモンストレーションを行った=昭和54年、東京・代々木公園(ソニー提供)  【日本発 アイデアの文化史】携帯音楽プレーヤー(上)

 作家の椎名誠は、昭和55年の『文芸春秋』5月号に「35歳のウォークマン戦記」と題した文章を寄せている。ソニーの携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」を聴きながら電車に乗ることを「勇気がいる」とした上で、「ウォークマンをつけて動く景色をみる、ということはまさしく“映画的”そのもの」と指摘している。

 〈へんてつもない武蔵小金井駅も、小雨にけぶる南フランスあたりの、愛と哀しみに満ちた別れのプラットホームのようにも見えてくる…〉

 椎名の見た“映画的”景色は、今や自然な体験として人々に受け入れられている。町で電車で、ひとり音楽を楽しむ人はすぐ見つかる。大舞台の直前、イヤホンの音楽に耳を傾け意識を研ぎ澄ます競技者に「何の曲を聴いていたか」と関心を寄せるインタビュアーも珍しくない。

 小型カセットプレーヤーの初代ウォークマンが発売されたのは54(1979)年。外で音楽を聴くのに勇気が必要だった時代から、実は30年ほどしかたっていない。世界で累計約4億台(3月時点)を販売、文法上は正しくない和製英語を世界に広げたウォークマンの来し方を少し、たどってみたい。

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 「小型のテープレコーダーに、再生だけでいいからステレオ回路を入れたのを作ってくれないか?」

 ウォークマンはソニー創業者の一人、井深大のそんな言葉から生まれたとされる。1号機発売の前年、名誉会長だった井深の要望を受け、エンジニアたちが試作機を開発。それを井深から見せびらかされた当時会長の盛田昭夫が「若者の必需品となる」と商品化を決めた-とは有名なエピソードだ。

 「当時、録音された音楽はステレオやラジカセの前でしか聴きませんでした。ヘッドホンも、音楽好きが室内で使う大きなものが主流で、あまり一般的でなかった」(ソニー広報)。こうした状況も手伝って、内外では当初、ウォークマンの評判はあまり芳しくなかったという。

 1号機のベースとなったのは、報道関係者らから人気のあった手のひら大のモノラルテープレコーダー「プレスマン」。そこからスピーカーと録音機能を除き、空いた部分にステレオ再生回路を入れてヘッドホンと組み合わせた。技術面では決して画期的とはいえず、シンプルな“改良品”でしかなかった、ともいえる。

 「録音機能もスピーカーもない商品が売れるのか、という声はあったようです」とソニー広報は語るが、その批判が正しくなかったことは、すでに歴史が証明している。担当者は続ける。

 「ウォークマンの新しさは『音楽を持ち歩く』というスタイルを提示してみせたことにありました」

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 「若い社員が飛びつくように買っていましたね」

 ソニーのシニアプロデューサー、柏原充(55)は、「若者」として初代ウォークマンを手に取った一人だ。1号機発売当初は、取扱説明書を担当する若手社員だった。

 発売当初こそ売れ行きは鈍かったものの、雑誌『明星』で、人気アイドルだった西城秀樹がウォークマンをつけてローラースケートをしているグラビアが掲載されたのをはじめ、雑誌や口コミを通じて若者に注目されていく。

 「アウトドアスポーツやファッションといった若者文化との親和性も高かったのでしょう。私はロックが好きで、いつでも大音量でレッド・ツェッペリンやディープ・パープルを聴いていたかった。でも、家の中では近所迷惑になる。音楽ファンにとって、ウォークマンはこたえられないアイテムでした」と柏原は懐かしそうに語る。

 「カセットテープというメディアが、ウォークマン普及に果たした役割は大きい」と指摘するのは、デジタルメディア評論家で津田塾大講師の麻倉怜士(59)だ。

 「貸しレコードやFM放送から好きな曲をカセットに録音、編集する文化ができあがりつつあった。アルバム制作者の意図とは違う自分だけのベストを作って、自分の思うがままに聴けることは画期的だった」

 海外出張の多かった井深の「場所や時間を問わず、好きな音楽を良い音で聴く」という発想は、そのままウォークマンの根本哲学になった。ウォークマンが切り開いた地平で、さらに利便性を追求した多種多様な商品が生まれ続けている。音楽は今や、いや応なしに“独り占め”できるものになった。=敬称略(三品貴志)

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