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被災地の臨時FM局、放送継続へ奮闘 支援のNPOも開設のニュース本文

01/29 22:55更新

 東日本大震災の発生直後に開設されたFMの臨時災害放送局27局のうち、19局が震災10カ月後も放送を続けている。当初は防災無線や通信網が寸断された中で住民の安否情報や地域の詳細な防災・支援情報を提供してきたが、現在は生活情報から復興やコミュニティーの修復へと役割も変化。東北6県のコミュニティーFM局などがNPO法人を設立し、継続支援に乗り出した。(杉浦美香)
 「こちらエフエムみなさん、生放送でお送りしています…今日も寒いですね。インフルエンザがはやっていますから気をつけてください」「心の相談電話があります」
 津波の被害を免れた宮城県南三陸町の総合体育館2階の廊下奥を仕切った“スタジオ”で、南三陸災害エフエム「エフエムみなさん」の番組が放送されていた。「幼稚園のイベントを中継してほしいという声が寄せられたり、仮設住宅で本の読み聞かせを楽しみにしてくれるリスナーがいます」とスタッフの平形有子さん(38)。
 放送を開始したのは昨年5月。スタッフ9人は国の緊急雇用事業による町危機管理課の臨時職員として働いている。6カ月の契約の更新は1回に限られており、次の期間が終わると解雇になる。町はノウハウを身につけたスタッフの再雇用を模索している。
 臨時災害放送局が制度化されたきっかけは平成7年の阪神大震災。兵庫県が免許人となり、約1カ月半にわたって放送した。その後も北海道・有珠山噴火(12年)、新潟・中越地震(16年)などの災害で7局が開設したが、放送期間は最長で約11カ月だった。
 東日本大震災では、岩手県花巻市が震災当日に総務省から口頭で免許をもらって開設したのを皮切りに、12日に奥州市、15日に宮城県大崎市と次々に立ち上がった。既存のコミュニティーFM局が市の防災協定などに基づき、迅速に開設に向けて動いたためだ。
 今年1月中旬に予備免許を取得した岩手県大槌町は地元NPO法人に運営を委託、2月には復興計画の実施に伴う必要情報などを放送する予定だ。
 一方で、運営資金の調達や新しい番組作り、設備の保守など放送継続へのハードルは高い。ボランティア主体で立ち上がった宮城県女川町の「おながわさいがいエフエム」は女川第二小学校のプレハブ小屋が放送局。免許期限は3月末だが、東京のIT関連会社勤務のかたわら運営を手伝う松木達徳さん(41)は、「震災でコミュニティーが破壊され、人口流出が続く。運営は苦しいが、存続を望む声も多いので続けていきたい」と話す。
 このため、山形市のコミュニティーFM「ラジオモンスター」の玉井恒社長の呼びかけで東北6県のコミュニティーFM23局と個人会員が20日、NPO法人「東日本地域放送支援機構」を設立。臨時災害FM局のニーズ調査を行い、送信機の寄付や人材育成、番組作りを支援するという。
 関西大学の市村元(はじめ)・客員教授は「震災の混乱期に一般のメディアが果たせなかった情報を発信できた意義は大きい。総務省の柔軟な対応や日本財団の援助などで多くの臨時災害放送局が立ち上がったが、継続には課題もある。自治体は平時から備える必要があるのではないか」と話している。
 臨時災害放送局 災害発生時に、被害を軽減するための情報を提供するFM放送局。免許主体は自治体で、出力は通常のコミュニティー放送の場合、最大20ワットだが、引き上げが可。東日本大震災では100ワットの局も多い。