【日本の議論】「理数離れ」はどうなった?
2009/09/06 21:54更新
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◇科学五輪で日本勢が大躍進 科学立国ニッポンを担う人材の育成方策
世界の高校生が数学や物理などの分野ごとに知識や応用力を競い合う国際科学オリンピック(科学五輪)が今年7~8月に行われ、日本の高校生が獲得した金メダル数は過去最多を記録した。「理数離れ」が懸念される一方、能力を発揮して国際レベルで活躍する子供たちがいる。勉強意欲や学力低下の改善の兆しなのか。識者の見解はさまざまだ。「ゆとり教育」からの脱却が進む中、将来の科学立国ニッポンを担う人材をどうはぐくむべきか。子供たちの躍進に触発されるように、議論は再び活発化している。(中村真由子)
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記事本文の続き■数学への熱い思い 「解けたときの爽快感は他の科目じゃ味わえない」
「例えば0×1=0であることの証明。今まで当たり前だと思っていたことにも数学的構造がある。それが分かったとき、数学には無限の広がりを感じるんです」
8月下旬、高校生たちが団体戦で数学の実力を競い合うなどする「第2回全国数学選手権大会」(数検財団、同大会実行委主催)が行われた会場。前回大会で優勝し、後輩の応援に来たという京都大学理学部の鈴川晋矢さん(19)は数学の楽しさをこう表現した。
高校生のときは、数学部のほかに剣道部にも所属した。サッカーや水泳も好きで、決して勉強一辺倒で過ごしてきたわけではない。親にも、とても自由に育てられたと話し、「数学者になることが将来の夢」と目を輝かせた。
“数学の甲子園”さながらの会場で、数学への熱い思いを語るのは男子ばかりではない。
「解けたときの爽快(そうかい)感は他の科目じゃ味わえない。塾に数学の本質を教えてくれる先生がいて、授業が待ち遠しくて仕方なかった」
こう話すのは、神奈川県にある私立高校に通う女子生徒(16)だ。
若者の間に理数離れを感じるかと尋ねると、チームメートと顔を見合わせ首をかしげた。
「本当に(理数離れ)しているのかな。そうは思わないけれど。女子だって他にもたくさん理数系科目が好きな子はいるしね」
全国から集まったのは各校の精鋭たち。この場面で数学好きが多いのは当然ともいえる。だが少子化の中でも出場チームは前年より増加しており、大会は今、大きな盛り上がりを見せている。
金メダルの獲得数が昨年の4個から今年は過去最多の12個と急伸した科学五輪。この国内選考でも、今年は5種目(数学、物理、化学、生物学、情報)で前年より約1500人多い計6968人が参加した。むしろ“理数好き”の裾野が広がっているようにも見えるのだが…。
■科学五輪の活躍 「日本の学力向上と関係ない」
なぜ理数離れは進んでいるといわれるのか。それは、理科や数学(算数)の勉強を「楽しい」と思う日本の児童・生徒の割合が、世界各国に比べて少ないという調査結果などが根拠とされ、学力低下との相関関係も度々指摘される。資源の少ない日本では、科学技術の衰退は国際競争力の低下に直結するだけに、この傾向を食い止めることは教育界の大きな課題だ。
昨年末には、小学4年と中学2年を対象に、4年に一度行われる「国際数学・理科教育動向調査」(TIMSS2007)の結果が発表された。
これによると、日本は深刻な学力低下が露呈した2003年の前回調査と比べて、平均点で小4は算数・理科が上昇。中2は理科で上昇し、数学で横ばいとなった。文科省は「学力の低下傾向に歯止めがかかった」との見解を示した。
しかし、同時に行われたアンケートでは「勉強は楽しいか」という質問に「強くそう思う」または「そう思う」と回答した中2は数学39%(前回同)、理科で58%(前回59%)。それぞれ国際平均の67%、78%を大きく下回った。また、数学の勉強に高い自信を持つ子供の割合は、中2で17%と国際平均値を26ポイントも下回って最下位となり、意識面の課題はより鮮明に浮かび上がった。
では科学五輪での躍進は何を意味するのか。理数教育に詳しい東京理科大の沢田利夫教授はこう分析する。
「活躍はすばらしいこと。だが派遣されたのは本当に特殊な才能を持った子供たち。科学五輪での活躍が日本の学力向上に関係があるかといったらそうではないだろう。彼らの才能を日本の学校教育の中で伸ばすことは難しい。極端に言えば中国みたいにオリンピックのためのエリート養成校を作ることになってしまう」
理数離れという現象そのものについても疑問を呈する。数学の教科書の販売実績から割合を推定すると、高校で理数系を選択する生徒は全体の2割ほど。昔からその比率にはほとんど変動がないという。さらにこう続けた。「好きか嫌いかと聞かれればYES、NOとはっきりとは答えないのが日本の国民性。意識調査で各国との差が大きく開くのは日本の文化的な背景もある」
■才能開花に向け 「今後の教育には大局的な展望を」
しかし、沢田教授は子供たちの全体の理数能力が下がっていることは、国際的にも国内の調査でも明らかだと指摘し、急激な低下は授業時間や学習内容を減らしたゆとり教育の実施時期と重なると説明。「『嫌いなことはやらなくていい』という風潮で基礎が身に付かなくなった。できる子は時間がなくても身に付くが、できない子は定着させる時間がないまま。内容も薄くするどころか骨抜きになった」とゆとり教育の失敗を挙げた。
一方、数学者で東海大学の秋山仁教授は子供たちの学力について「確かに勉強する生徒と全くやらない生徒の二極化が生じている。だが、これは単に(ゆとり教育の)カリキュラムのせいというよりも、日本の社会状況の変化という要因が大きかったと思う」と話す。
その上で、ゆとり教育の中で育った日本勢の活躍をこう分析する。
「『個性に磨きをかける』という新しい価値観が唱えられた。男子プロゴルフの石川遼選手のように、こういう考えの中で育った世代の日本選手たちが、科学五輪でも輝かしい成績をあげた」
脱「ゆとり教育」を打ち出した新しい学習指導要領は、小学校で平成23年度、中学校では24年度から全面実施される。秋山教授は「またゆとりがなくなれば個性が育たず、特別な才能は開花しづらくなるかもしれない。科学五輪での成果なども踏まえて、今後の教育には大局的な展望を持ってほしい」と注文をつけた。
沢田教授は日本の過去の栄光をこう振り返る。
「1960年代に初めて子供の国際的な学力調査に参加し、数学でいきなりトップ争いに躍り出た。日本の学力はすごいと世界が驚いた。アメリカの日本専門家、エズラ・ヴォーゲル氏に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言わしめたきっかけはここにあった」
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を取り戻すために今後の理数教育はどうあるべきなのか。
科学五輪での活躍についての分析はそれぞれだ。だが「学力の二極化」、そして多くの子供に勉強に取り組む「ねばり強さ」がなくなっていることへの懸念は共通していた。
前出の京都大学生、鈴川さんはこうも語っている。
「楽しいばかりじゃない。苦しんで、苦しんで、苦しみながら問題を解くときもある。でも分かったときには世界が広がった感じがする。頑張ってよかったと思うんです」
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