【正論】東洋学園大学教授・櫻田淳 野田氏に信なくば増税も成らず
2012/02/02 03:27更新
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記事本文
「税と社会保障に関する一体改革」は、野田佳彦首相の執政における一枚看板である。そもそも、国家の枠組みに拠(よ)る福祉の施策は、災害や不況に際して困難に陥った人々を時限的、緊急避難的に支える趣旨のものであれば、意義深いかもしれないけれども、それが恒常的な趣旨のものになれば、「国家に依存し寄生する精神」の揺籃(ようらん)となりかねない。
≪依存精神の広がり反省も必要≫
既に一千兆円に達しようとしている財政赤字の現状は、この「国家に依存し寄生する精神」が癌(がん)細胞の如く日本社会に広がったことの帰結でもある。このことに対する厳しい反省がなければ、消費税増税を含めて財政再建に絡む一切の議論は、その意義が乏しいものになるであろう。
もっとも、筆者は、現下の経済停滞からの脱却を図るという前提の上で、消費税増税を容認する。財政再建が急がれるべき所以(ゆえん)は、日本の「福祉国家」としての施策を堅持するためではなく、災害や不況に際しての政策対応における「機動性」を担保することにある。東日本大震災の経験は、そうしたことを浮かび上がらせたのではないか。
ただし、野田首相における消費税増税への政策志向には、猛烈な逆風が吹いている。野田首相が消費税増税に熱意を示せば示すほど、それを容認しようという国民各層の機運が萎えてくるという傾向が、各種世論調査の結果からは読み取れるけれども、それは何故なのか。
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記事本文の続き ≪小泉氏あっての郵政選挙勝利≫
2005年9月、小泉純一郎元首相が主導した「郵政選挙」に際して自民党が大勝を収めた折、幾多の国民が支持したのは、「郵政民営化」という一つの政策ではなく、「小泉純一郎が手掛けようとしたこと」にほかならなかった。安倍晋三政権以降の自民党が、この「郵政選挙」の勝利の意味を誤解したことにこそ、後の下野の遠因がある。
加えて、現在、橋下徹大阪市長が手にしている政治上の隆盛もまた、「大阪都」構想の実現という一つの政策志向ではなく、「橋下徹が手掛けようとしていること」が、大阪府民や大阪市民の大勢から支持されていることの結果である。逆にいえば、橋下市長が日頃の言動に照らし合わせて大阪府民や大阪市民の不信を招くような挙に及んだ瞬間、彼の政治上の「失速」も始まるのであろう。
小泉元首相や橋下市長の軌跡が物語るのは、政治家に対する「信頼」の上でこそ、諸々の「政策」は遂行できるという事情である。それは、「正しい政策を熱意を込めて説きさえすれば必ず国民は受け入れる」という想定が、実は誤りであることを示している。
「八百屋、魚屋にデモクラシー運動とはなにかと聞いてみてわかるのは一人もいない」。長谷川如是閑は、大正デモクラシーを代表する論客として知られるけれども、最晩年を迎えた昭和30年代に、このような言葉を残した。
長谷川は、大正デモクラシーを戦後民主主義の前段という「観念」で評価しようという議論には、冷淡な姿勢を示した。長谷川は、八百屋や魚屋を営む人たち、あるいは職人のように「観念」ではなく、「実践」の世界の人々の感性に共感を寄せた。
確かに、多くの市井の人々は、日々の生業(なりわい)に忙しいのであるから、政治家が掲げる政策の細目を熟知している暇はないし、その必要もない。市井の人々が政治に関わる際の基準は、それぞれの政策細目への評価というよりは、それを語る際の政治家の言葉や姿勢にどれだけの信を置けるかということである。
≪問われる「正心誠意」の真贋≫
故に、野田首相における消費税増税への政策志向に世の人々が冷淡であるのは、消費税増税そのものではなく、「野田佳彦が手掛けようとしていること」が受け入れられていない事情を反映しているのである。
鳩山由紀夫、菅直人の二代の前任宰相が民主党の政権運営に対する落胆と不信を残した後では、野田首相が「正心誠意」を旨とする執政の姿勢を打ち出したのは、誠に賢明であった。
しかし、野田首相の実際の執政に現れるのは、たとえば、先ごろの施政方針演説で福田康夫、麻生太郎の両自民党宰相による過去の演説を引用したことに示されるように、自民党を含む他の野党にも自らの執政に伴う責任を負わせようという露骨な意図である。こうした現状は、野党との関係の上でも、国民の意識の上でも、野田首相における「正心誠意」の内実に疑問符を付けているのではないか。
実際の行動に裏付けられない「正心誠意」は、周囲には姑息(こそく)の印象を与え、不信を招き寄せるものでしかない。野田首相の執政は、3年前の「政権交代」以降の民主党主導内閣に与えられた「最後の機会」である。野田首相における「正心誠意」の真贋(しんがん)こそ、その「最後の機会」を生かせるかどうかの鍵であろう。(さくらだ じゅん)
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