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田中慎弥さん寄稿 芥川賞に決まって 断ち切りたくても断ち切れないもの

2012/01/30 08:30更新

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 今回、芥川賞をもらうことになった「共喰(ぐ)い」という作品を私が書き始めたのは、丁度去年の今頃だったと思うが、東日本大震災が起こる前かあとかは覚えていない。月刊誌に連載を持っていてそちらへ大きな力を振り向けていたため、別のものを並行して書くことが可能だろうかと不安を感じていた。担当編集者に無理を言って待ってもらい、それでものろのろと書き始め、一方で連載にも追われる、ということをやっていた。

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記事本文の続き 地震と津波の映像をテレビで見た。驚いたが、映画のようだとは思わなかった。かといってその圧倒的な出来事の実感を肌身に受けたわけでは、勿論ない。私は山口県に住んでいる。直接的な被害はない。だが、海は近い。なのに、やはり実感はない。

 次の日からは、時々テレビを見て、あとは仕事をする、という状態になった。画面に見入る時の気持ちはどのようなものであったか。東北がどうなっているかを、見守る?心配する?しかし東北に親族はいないのだから切実ではない。それなら、いつか自分の身に起こるかもしれない、という危機感に駆られていた?実感がないのだからこれもやはり違う気がする。

 どのような理由をつけてみても、西日本から動かないまま報道に接するだけという姿勢は、結局自分が一番大事ということの表れ。政治家やマスコミ、芸能人、そして作家たちも被災地に入った。私は動かず、ものになるのかどうか分からない小説の仕事をし続けた。自分のことだけを考え、他のことをほとんど頭に入れずに、虚構の世界を作り上げていった。罪悪感は特になかった。毎日を徹底して身勝手に過ごし、自分の作品に対してのみ謙虚だった。世の中の動きと全く関係のないところで、自分のためだけに懸命に仕事をし、やめようと思わず、むしろのめり込んだ。喜びでさえあった。震災が起こらなくてもきっと同様だった。あの大震災は私の仕事にほとんどなんの変化ももたらさなかった。

 「共喰い」には川が出てくる。ある年の夏、その川は雨に恵まれず、日差しに攻められ、やがて一気に水量が増す、という展開となる。道路にまで水が溢(あふ)れるというのは、特に津波を意識したものではない。また、父子、母子、夫婦、という人間関係を中心に描いたが、当然ながら、絆、という日本中に流通した言葉を踏まえたわけではない。もしこの小説の中に絆があるとすれば、断ち切りたくても断ち切れないもの、やっかいなものとして描いてあると思う。

 震災からもうすぐ1年だが、被災者たちがどのような心境なのか、私にはわからない。絆という言葉をよすがに生きているとして、それを非難はしない。自分一人が、ではなく多くの人が幸せになれば一番いい。

 私は自分の今と将来だけしか頭にない。周りのものが見えてくると、書けなくなってしまうかもしれない。それとも、これまでにない作品が生まれるだろうか。

      □□□

 ≪「都知事閣下…」事前に準備 他意なくリップサービス≫

 1月17日夜の芥川賞受賞会見で、「もう、やめましょうよ」という不機嫌そうな受け答えと、「都知事閣下のためにもらっといてやる」との発言が話題となった田中慎弥さん(39)。(1月)6日に選考委員の石原慎太郎都知事(79)が都庁の定例会見で「(候補作は)バカみたいな作品ばっかり」と語ったあとだけに、田中さんの態度はいろんな臆測をよんだ。

 しかし、田中さんに聞くと、「いつも(受けてきた取材)と同じ質問ばかりなので、早めに切り上げようと思っただけで、全然、他意はないんです」。反響の大きさに困った様子だ。

 ただ、石原知事への言葉は、事前に考えたものだったという。「賞を取ったら言ってやろうと準備していたんです。あの場でとっさに考えて、あんなこと言えないですよ」。しかし、石原知事の発言内容は会見時点では知らなかったため、意識したものではなく、本人に対して悪意を込めたものでもないらしい。

 「悪口のつもりはないし、挑発しようと思ったわけでもない。何というか、あの人だったら、何を言ってもいいような向かっていける大きな相手だし…。会見で石原さんのことを言えば、盛り上がると思ったんです」

 会見で語った内容は「4回も落っことされた後ですから、ここらで(受賞を)断ってやるのが礼儀といえば礼儀ですが、私は礼儀を知らないので。もし断ったって聞いて、気の小さい選考委員が倒れたりなんかしたら、都政が混乱しますので、都知事閣下と東京都民各位のためにもらっといてやる。とっとと終わりましょう」だった。「照れ隠し」との見方もあるが、どうやらこの発言は、田中さん流の“リップサービス”だったといえるようだ。

 (堀晃和/SANKEI EXPRESS

       ◇

 ■たなか・しんや 1972(昭和47)年、山口県下関市生まれ。県立下関中央工業高卒。2005(平成17)年に「冷たい水の羊」で新潮新人賞を受賞し、デビュー。08年、川端康成文学賞と三島由紀夫賞を受賞。芥川賞には第136回(2006年度下半期)から候補となり、5度目の第146回(2011年度下半期)で受賞した。4歳の時に父が心不全で亡くなり、郷里で母と2人暮らし。パソコンも携帯電話も持たず、原稿執筆は鉛筆での手書き。これまでにアルバイトを含め職に就いた経験は一切なく、20歳ごろから小説を書き続けている。受賞作と第144回芥川賞候補作「第三紀層の魚」の2編を収めた「共喰い」(集英社、1050円)は27日から発売中。早くも10万部のベストセラーとなっている。

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