「歓迎されざる客」となった難民 シリア政策誤算でトルコの重荷に

 【中東見聞録】 

 360万人以上のシリア難民が暮らすトルコで、難民に対する反感と、彼らを積極的に受け入れてきたエルドアン政権に対する不満が強まっている。政権側も、難民に寛容だった元来の姿勢を転換し始めた。シリア内戦からトルコへ逃れ、首都アンカラや最大都市イスタンブールなどの都市部に根を張った難民の立場は、「同情の対象」から「歓迎されざる客」へと急速に変わりつつある。(前中東支局長 大内清)

したたかな難民たち

 国際機関などの援助を頼りに、劣悪な環境で身を寄せ合う無力な人々-。中東の「難民」は、日本人が一般的に思い浮かべるこんなイメージには、必ずしも当てはまらない。難民キャンプを出て、したたかにビジネスチャンスをうかがう人は多い。

 たとえば近年のトルコでは、男性の「毛の悩み」がシリア人の収入源になっていた。

 2016年、イスタンブールを取材していた私は、頭部に大きな絆創膏を張った男性がやたらと目につくことに気が付いた。しかも、男性たちはほぼ例外なく薄毛である。

 年齢相応に生え際が後退してきている私も、毛髪への関心は決して薄くない、いや、小さくない。調べてみると、男性たちの多くはサウジアラビアなど富裕な湾岸アラブ諸国からの観光客で、旅行ついでにイスタンブールで安価な植毛手術を受けていくのだとか。友人のトルコ人記者によると、主にえり足付近の毛根を前頭部や頭頂部に植え替える手術法がとられているという。

 ただ、トルコ語とアラビア語は言語体系がまったく違う。そこで医療機関側との仲介役となっているのが、トルコ語を身につけたシリア人だった。その嗅覚の鋭さに敬服したものである。

 このほかにも都市部では、シリア料理レストランや衣料品店など、多くのシリア人がビジネスを広げ、同胞を雇い入れている。トルコ商務省の統計によれば、全土でシリア人が設立した企業は約1万5000社に達するという。

暴力事件も増加

 トルコは、シリア難民の最大の受け入れ国だ。

 中東のニュースサイト、アルモニターによると、人口約1500万人のイスタンブール都市圏でシリア人の割合は約3・7%。実に55万人超の難民が、11年にシリア内戦が発生して以降の短期間で流入・定着した。シリア人が集住する地区には、アラビア語の看板があふれている。

 もちろん才覚に優れた者ばかりではなく、商業的に成功しているシリア人は一握りだ。

 とはいえ、街の急速な変化に不安や反感を抱くトルコ人が増えるのも不思議はないだろう。しかも、トルコは近年、経済が低迷し、通貨安に伴う物価上昇や失業率の高止まりに苦しんでいる。

 そうしたフラストレーションを反映するように、トルコ人とシリア人の間での暴力事件は増加傾向にあった。そして不満は必然的に、内戦当初からシリア問題に介入し、難民の受け入れにも積極的だったエルドアン政権に対する批判にもつながる。

 今年春に行われた統一地方選で、エルドアン大統領の与党、公正発展党(AKP)は、アンカラやイスタンブールといった大都市の市長ポストを失った。特にイスタンブールは、かつてエルドアン氏が市長を務めたAKPの“牙城”と目されていただけに、敗退のインパクトは大きい。難民問題がエルドアン氏の求心力を低下させる要因の一つになったとの分析もある。

 エルドアン氏は選挙中、自身の難民政策に批判的な野党候補らを強く非難していた。だが、選挙後は一転してアラビア語の看板設置を制限する措置や、難民の住居登録地に関する規制を相次いで導入。国民の反シリア人感情が思いのほか強いことを見てとり、姿勢を修正した可能性がある。

新オスマン外交のツケ

 そもそもエルドアン氏は、シリア内戦当初から反体制派を支援し、アサド政権の退陣を主張してきた。シリアを影響下に収め、かつてのオスマン帝国の後継国家として大国トルコの復活を果たす好機とみたためだ。その外交政策は「新オスマン主義」と呼ばれた。シリア難民の大量受け入れも、その路線上にあった。

 しかし、アサド政権はロシアやイランの助力で生き長らえ、いまや反体制派が勝利する可能性はほぼない。

 内戦の混乱に乗じてイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が台頭したことは、結果的に、トルコが敵対する少数民族クルド人勢力の伸長をも招いた。米国主導の有志連合が、ISに対抗させるためにクルド勢力を支援したためだ。

 クルド勢力に国境を脅かされることになったトルコは、シリアへの軍事介入を余儀なくされ、米国との関係も冷え込んだ。

 トルコ経由で流入したシリア難民に欧州各国が拒絶反応を示し、ポピュリズム(大衆迎合主義)勢力の伸長につながったことは記憶に新しい。これに対してエルドアン氏は、日ごろは人権問題で口うるさくトルコに注文を付ける欧州が、難民の受け入れに及び腰なことを批判していた。

 ところが現在では難民問題が、エルドアン氏自身にとっての重荷となっている。トルコ政府は、戦闘が収束している地域出身の難民の帰還を支援するなどとしているが、荒廃した母国よりも経済的なチャンスが多いトルコを選ぶ難民は多いだろう。誤算続きだったシリア政策のツケは、今後も重くのしかかる。

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