使命感と向学心に燃えた「台湾少年工」 戦闘機製造に従事 20日に記念式典

 「いまも懐かしさでいっぱいだ。10代に同じ釜のメシを食べた仲間との心のつながり、喜怒哀楽は何年たとうとも忘れられない」

 第二次世界大戦期の昭和18(1943)年、日本統治下にあった台湾から選抜された10代の少年が神奈川県に位置した「高座海軍工廠(こうしょう)」に集められ、今年で75年。終戦までの2年間で8400人以上の「台湾少年工」が戦闘機の製造に携わった。

 台北で生まれ、18歳で少年工になり、現在は元少年工の同窓組織「台湾高座会(こうざかい)」の総会長を務める92歳の李雪峰氏は日本語でこう話した。

 元少年工やその家族らと日台の交流を長年続けてきた神奈川県の地元関係者らが10月20日、座間市や大和市などで記念式典を開くことになった。80代、90代になった元少年工20人に加えて、家族や対日交流に関心の深い台湾の若者、約70人も海を渡って出席する。李氏はそのリーダーとして再び思い出の地を訪れる。

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