竹島の日、迎えるたびに怒り 「李ライン入った」韓国拿捕の元乗組員の劣悪抑留生活

 韓国による竹島の不法占拠は、1952(昭和27)年の「李承晩ライン」宣言が出発点だ。この線を越えたとの理由で昭和29年11月、乗っていた漁船が拿捕(だほ)され、韓国で約8カ月の抑留生活を強いられた元漁船乗組員の小川岩夫さん(78)=松江市=は、「竹島の日」を迎えるたびに怒りがこみ上げる。

 バリバリバリ-。29年11月、島根県浜田市の底引き漁船「第2大和丸」に乗り、長崎・対馬沖で漁の準備をしていた小川さん。韓国警備艇の激しい銃声を聞き、慌てて船内に逃げ込んだ。網でつながった「第1大和丸」ともども拿捕された。

 中学卒業後の29年8月、船に乗り始めて数度目の航海。釜山港で船から降ろされると、海洋警察へ。検事局に連行されて取り調べを受けた。「『李ラインに入ったか』と聞かれたが、15歳で下っ端の私が李ラインなど知るはずもなかった」

 留置場を経て刑務所に収監。刑務所内は劣悪な環境で、わらの布団と毛布が与えられただけで、厳しい寒さが体にこたえた。8畳ほどの板間に21人が詰め込まれて、すし詰め状態で「部屋の隅に排泄(はいせつ)用の樽(たる)が置かれ、最年少者の私はそれを抱きかかえる形で寝なければならなかった」ことがつらかった。

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