イスラム国の蛮行で暴かれる「韓国が知られたくない恥史」

 【野口裕之の軍事情勢】

 イスラム過激武装集団《イスラム国》と韓国が、小欄の頭の中で混ざり合った。両者に共通するのは「民主主義とは異質な法治体系」の他「歴史への常軌を逸した執着」ではないか。片や歴史を遡り、現代の主権国家枠を否定。片や歴史を遡り、主権を捏造し人権否定を覆い隠す。と、考えを整理していた1月23日、イスラム国の蛮行がきっかけで、日韓併合(1910年)の正統性や、百ウン十万と報じられてもいる韓国政府が行った自国民大虐殺など、「韓国が知られたくない哀史/恥史」へと筆を走らせる仕儀と成った。

 ■独立認めなかった米国

 1月23日。イスラム国が拘束したジャーナリスト、後藤健二氏(47)のご母堂(78)は会見で、父親が日韓併合時代、朝鮮・馬山(マサン)に駐屯した大日本帝國陸軍の部隊長だった旨示唆した。調べると、朝鮮軍管区の馬山駐屯直轄部隊指揮官(中佐)がご母堂と同姓だったが、追加取材はしなかった。小欄の興味は、会見が誘った朝鮮軍管区を通して思い出した「韓国の哀しい生い立ち」にある。

 大日本帝國は1945年8月15日、大東亜戦争(1941~45年)敗戦を国民に知らせた。無政府状態を憂う朝鮮総督府は《朝鮮建国準備委員会》設置を比較的冷静・公平に対処できる朝鮮人指導者に要請した。ソ聯軍侵攻→朝鮮人政治・思想犯の釈放・流出→朝鮮共産化→日本人への掠奪・暴行…が想定され、朝鮮人釈放や治安維持への協力を取り付ける意図もあった。だが、自治組織に過ぎぬ委員会は45年9月6日《朝鮮人民共和国》を樹立し“独立”を宣言してしまう。

 一連の流れの中で、朝鮮総督の阿部信行・陸軍大将(元首相/1875~1953年)や朝鮮軍管区司令官の上月良夫・陸軍中将(1886~1971年)が総督府はじめ主要な建物から日章旗を降ろし、太極旗(現韓国国旗)を掲揚させる。

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