イスラム国殺害脅迫 人質「盾」過去にも…「テロには屈しない」政府方針:イザ!

2015.1.25 09:15

イスラム国殺害脅迫 人質「盾」過去にも…「テロには屈しない」政府方針

 日本政府は過去にも、人質を「盾」に身代金や仲間の解放などを要求する国際テロに直面してきた。1970年代に相次いだ日本赤軍のテロではテロリストの要求に応じたが、2004年にイラク武装勢力が男性を拘束した事件では要求を拒否、男性は殺害された。過去の経験から政府はテロリストの要求に応じない姿勢で、交渉の難航は予想されていた。

 中東を拠点に世界でテロ行為に及んだ日本赤軍。政府は1975年の「クアラルンプール事件」と77年の「ダッカ日航機乗っ取り事件」で、「超法規的措置」によって日本赤軍の要求に応じた。日本赤軍はクアラルンプール事件で、在マレーシアのアメリカとスウェーデンの大使館などを占拠。職員らを人質に、日本で服役中の活動家らの釈放を要求した。結局、当時の三木武夫首相が日本赤軍に参加する意思を示した5人の釈放を決断した。

 2年後のダッカ事件で日本赤軍は、パリ発東京行きの日航機を乗っ取り、同様に活動家の釈放と身代金600万米ドルを要求。この際も、福田赳夫首相の「人命は地球より重い」との判断で活動家6人は釈放され、身代金も渡った。

 釈放されたメンバーは日本赤軍に加わり、その後のテロ事件にも関与。経済発展の著しい日本に欧米から「テロまで輸出するのか」との批判が寄せられた。

 ただ、当時はテロリストの要求を受け入れ仲間を釈放することは珍しくなく、その後、ドイツ当局がハイジャック犯を制圧したことで、特殊部隊の運用などテロ対策が確立。テロリストに譲歩しないという国際認識も浸透した。

 一方、2004年には、イスラム国の前身「イラクの聖戦アルカーイダ」が、イラクで香田証生さん=当時(24)=を拉致、自衛隊のイラクからの撤退を求めたが、当時の小泉純一郎首相は「テロに屈しない」と明確に拒否。香田さんは殺害され、首を切断する動画も公開された。

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