元ヤクルトスカウト部長、小田義人氏が死去 青木入団に尽力

 ヤクルトの元スカウト部長で、青木宣親外野手らの入団に尽力した小田義人(おだ・よしひと)氏が5日、肺がんのため死去した。71歳。静岡県出身。通夜は8日午後6時、葬儀・告別式は9日午後12時半、静岡市葵区沓谷(くつのや)1316の11、妙像寺で。喪主は妻、匡子(きょうこ)さん。

 静岡高で甲子園に2度出場。早大では1968年秋に一塁手のベストナインに選ばれ、73年に社会人の大昭和製紙からドラフト2位でヤクルトに入団。日本ハムへ移籍した75年には4番を打ち、いずれも自己最高の打率・319、16本塁打を記録した。

 その後は南海、近鉄と移籍し、83年限りで引退。プロ11年間の通算成績は打率・256、67本塁打、274打点。引退後は近鉄のスカウトを務め、91年からヤクルトの2軍打撃コーチ、育成コーチを歴任。95年にスカウトに就任し、早大の後輩である青木や武内晋一らの入団にかかわった。退任後は母校・静岡の外部コーチとして昨春、今春の甲子園出場に携わった。

 ◆小田氏についてヤクルト・小川監督 「びっくりしました。元気そうだったので。長年スカウトで球団のためにご尽力された方。ご冥福をお祈りするしかないです」

 ◆元ヤクルト監督の野村克也氏 「あまりにも若い。チームの心臓部は編成というのが私の持論。その意味で、スカウトとしてヤクルトの黄金時代に貢献してくれたと思う」

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